2017-04-08 05:52

甘き死よ来たれ

「甘き死よ来たれ」というフレーズは、少年時代に読んだ西洋の書物によく出て来たものであった。
あれは何の本であったかとネットで調べても分らない。
検索するとバッハの教会カンタータと、エヴァンゲリオンが出てくるばかりである。

3月下旬より母の容態が急変して、最後を看取ることになった。
父の場合は、朝食を食べに部屋から出てこないので、見に行くと死んでいたというもので、
朝起きてから読書をしていた後もあったし、メモも残っていた。
ですので「看取る」ということはなかった。

母の場合は年齢から老衰に近いものだったと思う。
「眠るように息を引き取りました」とは美しい言葉であるが、実態は少し違う。
まず、心臓から一番、遠い部分が数日前から冷たくなっていく。
足のつま先から冷たくなり、徐々にふくらはぎが冷たくなり・・・・。
しかし、手はいつもより暖かい。
心臓が最後の炎を燃やしている。
そして、やがて呼吸が短期的に止まる。
しかし、暫くすると大きく呼吸を始める。

「呼吸が止まったら、脈を診てください」と看護婦に言われる。
呼吸は頻繁に止まる。

この時期が長く続き、やがて急に呼吸が激しくなる。
肺も最後の炎を燃やしている。
・・・・がやがて普通の呼吸に戻る。

それから、さらに一昼夜が過ぎて・・・。
容態が急変する。

最後は決して「眠るように」ではない。
心臓は生きていたいと願い、口は最後の空気を吸い込もうとする。

そして、やがて停止する。

死は孤独との戦いである。
周囲の人間は祈ることしか出来ない。
ですから、ただただ祈り続けました。




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コメント

 暫く更新が滞っていたので、お忙しいのかと思っていたのですが、母上が御逝去されたのですね。 それでは色々と大変だったでしょう。

>心臓は生きていたいと願い、口は最後の空気を吸い込もうとする。

 何とも痛切な話です。

 yuyu様の御年から察すれば、母上はご長寿を全うされてのご逝去だとは思いますが、やはり人が死ぬと言うのは大変なのですね。

 それでも心は安らかに父上の下へいらしたのだと思います。
 どうぞお心落としなく。

 

 
  1. 2017-04-08 10:34
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  3. よもぎねこ #-
  4. 編集

ご母堂様のご逝去、ご家族の皆様はつらい日々を過ごされたでしょう。お悔み申し上げます。

お母上は大正の世代でしたか?いつぞやのブログでそんな記事を書かれていたように記憶しますが、私の母も大正時代の生まれです。

この世代は垢抜けた朗らかな世代だと思います。きっとyuyu家は明るい家庭だったと想像致します。ご冥福をお祈りいたします。お疲れ様と申し上げたいです。
  1. 2017-04-08 18:48
  2. URL
  3. 相模 #-
  4. 編集

Re: タイトルなし

>  暫く更新が滞っていたので、お忙しいのかと思っていたのですが、母上が御逝去されたのですね。 それでは色々と大変だったでしょう。
>
> >心臓は生きていたいと願い、口は最後の空気を吸い込もうとする。
>
>  何とも痛切な話です。
>
>  yuyu様の御年から察すれば、母上はご長寿を全うされてのご逝去だとは思いますが、やはり人が死ぬと言うのは大変なのですね。
>
>  それでも心は安らかに父上の下へいらしたのだと思います。
>  どうぞお心落としなく。

ありがとうございます。
「天寿を全うした」と親戚の方々は言って下さるのですが、
妹と交代で徹夜で看病した経験からは、人が死ぬということは凄まじい限りです。
それを忘れないで生きたいと思っています。

 
  1. 2017-04-09 22:31
  2. URL
  3. 友遊 #-
  4. 編集

Re: タイトルなし

> ご母堂様のご逝去、ご家族の皆様はつらい日々を過ごされたでしょう。お悔み申し上げます。
>
> お母上は大正の世代でしたか?いつぞやのブログでそんな記事を書かれていたように記憶しますが、私の母も大正時代の生まれです。
>
> この世代は垢抜けた朗らかな世代だと思います。きっとyuyu家は明るい家庭だったと想像致します。ご冥福をお祈りいたします。お疲れ様と申し上げたいです。

ありがとうございます。
確かに大正生まれの世代は昭和とは違いますね。
葬式の写真を選んでいる時に某銀行丸の内本店に就職した時の筆で書いた履歴書が出てきました。
麻布の家から丸の内まで歩いて通えば心臓も丈夫になります。
当時も電車はあったのですが、満員電車が嫌いで歩いて行ったと話してました。

90歳を超える人生、本当にお疲れ様でした・・・と思いました。



  1. 2017-04-09 22:51
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  3. 友遊 #-
  4. 編集

お母上様のご逝去、心よりお悔やみ申し上げます。
大正生まれで会社勤め、今のOLの走りですが、あの当時そんな事が出来るのは並の男より数段上の頭の良さと仕事のできる方。そんな母上様とお見受けしました。
戦中戦後の厳しい時代を生き抜いた方にはそれなりの気迫と気品がありますね。
ご冥福をお祈りいたします。
  1. 2017-04-10 22:14
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  3. 短足おじさん二世 #-
  4. 編集

Re: タイトルなし

> お母上様のご逝去、心よりお悔やみ申し上げます。
> 大正生まれで会社勤め、今のOLの走りですが、あの当時そんな事が出来るのは並の男より数段上の頭の良さと仕事のできる方。そんな母上様とお見受けしました。
> 戦中戦後の厳しい時代を生き抜いた方にはそれなりの気迫と気品がありますね。
> ご冥福をお祈りいたします。

確かに日本におけるOLの走りでしょう。
それから70歳過ぎまで働いていました。
60歳過ぎてからも、公的な資格試験を受けて、
2年目で取得していましたから、仕事は出来たのだと思います。
死去した後に孫達からも「ご苦労様でした」の言葉が自然に出てました。
  1. 2017-04-13 05:46
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  3. 友遊 #-
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遅ればせながらお母上様のご逝去、ご冥福をお祈りいたします。

小生は4年前に104歳の祖母を失いましたが、老衰と言ってもは随分違うものと思いました。
祖母もだいぶ弱り一日の大半をねて暮らすようにはなってましたが、起きてるときには意識はしっかりしており、少食ながらも食事はちゃんと取っておりました。それで祖母が昼食にヨーグルトが食べたいといい孫の嫁さんが食べさせてあげた後、少し寝るわ、と言って20分位目を離した後、見に行くともう事切れていたそうです。

みな時間の問題だとは思ってましたが、こういう幕切れとは思ってなかったと言ってました。まあ祖母の場合が特別だったんでしょう。老衰と言ってもお母上様のような方が普通なんだろうと思います。

考えてみれば大正生まれはもうみな90を超えてるんですよね。祖母を見ていてもその娘の代になると認知症やら何やらとどうもいい目を見てないという気がしてなりません。もっと若い世代が元気になれるような社会にはならないものかと心底思うものです。

皇室典範は改正のようですね。平成は30年で終わりでしょうか。これで一つの時代が終わるのでしょうか。
  1. 2017-04-17 00:15
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  3. kazk #-
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