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2016-12-01 17:50

ペンシルべニアの思い出

ペンシルベニア州はアメリカ合衆国において最も歴史のある州の一つであるが、東部のフィラデルフィアではなく、
五大湖に寄ったピッツバーグは以前は鉄と石炭の町であった。
近所のアパラチア山脈で石炭が取れるので、ここに鉄鉱石を持ってきて製鉄したんだな。
五大湖と接続するオハイオ川もあるので、重い鉄も船を使って運べた。
その結果、五大湖の周辺に自動車工場が出来たのだ。

これが駄目になったのは1980年代である。
1980年頃は悲惨な状況であった。
そして、今は、この周辺は赤錆ロードとなってしまった。
隣のオハイオ州クリーブランドも同様ね。

s-s-012.jpg

昔の写真はこんな感じです。


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  1. 米国
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コメント

1965年から足掛け7年ほど留学してました。
川崎、北九州を想定して到着して驚いたのがその環境の良さでした。
当時ルネサンスCityと呼ばれていたのですが環境保護政策もさることながら日本の鉄鋼業に押されて衰退していく姿だったのです。
rust beltの草分けでしょうか。
  1. 2016-12-01 23:22
  2. URL
  3. 筑庵 #-
  4. 編集

おお

そうでしたか。実は昔の写真として掲載したのは1900年頃のものです。
いかにも煙もくもくですが、これが1960年ごろには公害対策されて、美しい街になっていたのです。日本の1970年代の公害時代は米国の戦前だったのですね。
今は日本の溶鉱炉から煙は出てないのですから、やはり時間が掛かるということです。
日本の鉄鋼業に押されはじめたのは1970年頃からと思いますから、1965年に留学された時代は米国が最も輝いていた時代と重います。
日本の自動車メーカーが米国で生産を始めた頃、日本の鉄鋼メーカーも米国の経営不振となった鉄鋼会社を購入したのです。米国人にとって屈辱だったと思います。でも、その後、米国の自動車産業も日本勢にやられて。とうとうrust beltになってしまったのです。今のカーネギー製鉄所をグーグル・アースで見て下さい。もう、何もないですから。日本の保守派も米国本土経済戦争の勝者は誰なのかを考えるべきだと思います。

一方で、ここ数年、日本の中小企業を中国勢が買い漁ってまして、私の所にも「どこかないか」の電話が掛かって来ますが、製造業では殆ど無いです。彼らは欧米の調査会社を使ってますが、皆さん、その健在ぶりに驚いてますよ。
だから日本経済新聞を信用したらあかんちゅうに・・と言ってるのです。



  1. 2016-12-02 09:12
  2. URL
  3. 友遊 #-
  4. 編集

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