2016-08-16 20:40

団塊世代が学校で習った終戦の詔と昭和の刀狩り

8月10日は終戦の日である。以前にも書いたと思うが、8月10日は夏休みの最中なので、その前の東京のお盆(新盆)あたりに、学校では「終戦の詔勅」について習った。
「その日、先生は皇居前で切腹するつもりで、日本刀を持って出かけたのだが、陛下のお言葉を聞くうちに涙がどんどん出てきて、最後の言葉を聞いて、死ぬのは後回しにして、ここで頑張らないと申し訳ないと、そのまま帰って来たのだ。だから、その時にどういう話を聞いたかを皆に話しておかなければならないと思ってる」。

その後の話はいつもの通り。
わが国が宣戦布告したのは、帝国の独立を保つためであり、アジアの安定を図るためである。
欧米諸国のように、他国の主権を排して領土を侵すごときは志にあらず。
しかし敵は原子爆弾のような非人間的な兵器を使い無辜の民まで殺傷する暴挙に出た。、
わが軍がこれに対抗すれば、民族の滅亡のみならず人類の滅亡に至るまでの戦争になる。
そこで、皆の気持ちは分るが、耐えがたきを耐え。忍びがらきを忍びて、
連中のポツダム宣言を受け入れることにした。

無辜ヲ殺傷シ慘害ノ及フ所眞ニ測ルヘカラサルニ至ル而モ
尚交戰ヲ繼續セムカ終ニ我カ民族ノ滅亡ヲ招來スルノミナラス
延テ人類ノ文明ヲモ破却スヘシ

そして全国民が心を合わせて国体を維持できれば、
復興の道は厳しいと思うが、これを乗り切っていけるであろう。

朕ハ茲ニ國體ヲ護持シ得テ忠良ナル爾臣民ノ赤誠ニ信倚シ常ニ爾臣民ト共ニ在リ若シ夫レ情ノ激スル所濫ニ事端ヲ滋クシ或ハ同胞排擠互ニ時局ヲ亂リ爲ニ大道ヲ誤リ信義ヲ世界ニ失フカ如キハ朕最モ之ヲ戒ム宜シク擧國一家子孫相傳ヘ確ク神州ノ不滅ヲ信シ任重クシテ道遠キヲ念ヒ總力ヲ將來ノ建設ニ傾ケ道義ヲ篤クシ志操ヲ鞏クシ誓テ國體ノ精華ヲ發揚シ世界ノ進運ニ後レサラムコトヲ期スヘシ爾臣民其レ克ク朕カ意ヲ體セヨ

先生は、この最後の部分が重要である・・と強調。
今は臥薪嘗胆の時期であり、やがて日本の戦争の意味が理解される。
アジア、アフリカで独立運動が起こり西欧諸国の植民地支配は終わったではないか?
朝鮮戦争の後、マッカーサーは言うことが変わり、
日本の戦争は自衛戦争であったと米国議会で証言したではないか?

・・・・団塊世代は以上ような授業を受けたが、今回、指摘しておきたいのは日本刀である。

豊臣秀吉の時代に刀狩りが行われた。
その後、明治初期に廃刀令があったが、民間では終戦に至るまでは、私物として日本刀を保持していたのである。
ですから8月10日には日本刀を持って皇居に切腹するつもりで駆けつけたのである。
この先生は居合の名人で、その後も許可を取って日本刀を所有していたが、
他の先生は米軍の刀狩に合い、大切な刀を没収されたようで、
授業でも、以前、保有していた日本刀の思い出話をしていた教師が今、覚えているだけで3人は居る。

ポツダム宣言によって日本は無条件降伏をした。
この中に日本軍の持っている武器全てを連合国側に引き渡すと言う一文があり、その武器の中に日本刀が入っていた。
彼らは日本刀に対して脅威を持っていた。
軍の持っている日本刀だけでなく、民間人の持っている日本刀も含まれていた。
進駐軍は全力をあげて刀狩りを行ったのである。
この民間人の武装解除の中で、朝鮮進駐軍が日本人の子供を襲ったわけである。

さて、日本刀を持つということは、その殺傷能力の高さから
保有者には心の強さと高い精神性を要求される。
日本刀を保有していた先生達は外見では細身に見えるが、
体は鍛え抜かれており、下腹の出たような軟弱は居なかった。
怒る時も全く感情的にならず、気迫が凄い。
弛んでいると、気迫が体の中に入ってきて、身が引き締まるのがわかる。
そして、かなり抑制して振り下ろされる拳骨が実に痛いのである。

そして、当時は文武両道のバランスが重視されていた。
文を極めるために武が犠牲になるなら、文はたいがいのところで止めておかねばならない。
その逆も然りである。

このバランスが壊れたのが受験勉強が始まる昭和27年生まれ以降の世代である。

さて、以上のような子供時代の事を思い出したのは、青山氏の動画を見たからである。




ここで日本刀について触れられているが、日本刀を保有する人間の気迫と精神性が
すでに日本人の心の中から失われているのではないかと心配ではある。



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