2016-07-17 12:08

トルコのクーデター

以前、都内の公園でケバブを売っていたトルコ人と話した時、トルコ建国の父として、以前は絶大の人気があったムスタファ・ケマル・アタテュルクの名前を出したら、
もはや「その名前を今、トルコ国内で出すと危険なことになる」と忠告されたことを書いた記憶がある。
この「名前を言ってはいけない男」は、トルコの近代化を進めて、イスラム色を薄め、やがて、これがトルコは欧州だからEU加盟ね・・・という、以前のトルコの雰囲気を体現していたのである。
「名前を言ってはいけない男」は、旧オスマン帝国の軍人でありながら、裏切り者で、また、現在のトルコ軍の中にも支持者がおるということをケバブ売りの兄さんより聞いていたのであった。
ですから、今回のクーデターも、突発ではなく、計画的であったとしても、
エルドワンの戦略に「炙り出された」と言うべきであろう。
ロシアやイスラエルとの和解によりエルドワン体制が揺らいでいると分析したのかも知れない。

トルコは欧州なのか?
欧州に決まってまんがな。

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これはトルコの古代の遺跡の研究主ですけど、ギリシャとそっくり・・というよりトルコ西部はギリシャ文明圏。
さらにマケドニアのアレクサンダー大王は、ぺルシャに至るまでギリシャ文明を広げ、
アレクサンダー大王の子孫はシリアを基盤にアナトリアからエジプトに至る中規模帝国を作り上げ、
そしてローマ帝国はアナトリア、シリア、イスラエル、バクダット周辺からエジプト、リビア、チュニジア、モロッコまで。

ギリシャがEUなら、トルコもエジプトもEUなんです。

アナトリアはローマの東の方という意味でアジアと呼ばれたが、
その後、さらに東があることがわかり、あんたは「小アジア」ねと格下げになったとさ。

Roman_Empire_Trajan_117AD.jpg


さて、現在のトルコは、中央アジアの草原から民族大移動してきて、アナトリアに至った髭面野郎達であって、オスマン帝国はバルカンに進出し、ウイーンを包囲したが、冬になって「寒いから帰る」と・・。

日本のマスコミが強権的と表現するエルドワンの最新映像。


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コメント

これはいろいろ本当に考えさせられるエントリーでした。

ギリシャ・ローマ世界をヨーロッパと考えるならば問題なくヨーロッパです。おそらくパルミラ辺りまでヨーロッパ世界と考えていいでしょう。でも多くの欧州人はそうは考えていないでしょう。イスラム世界とキリスト教世界がはっきりと対峙したのは十字軍の時代でしょうが、ギリシャローマの学術的な後継者がアラブであったことを考えると、この時代までは彼らのほうが確実に先進地域であったはずです。

サラディンとフェデリコ2世の交友を考えるとこの時代までは確実に対等であったと思います。でもどうでしょうか、西欧世界は散々な目に会いながらも近代というものをつくり上げることが出来ました。しかし、イスラム世界はどうか、このような発展がなかった、それに尽きると思います。

彼らの世界はキリスト教徒の中世と同じなのだと思います。キリスト教世界だって発展段階で多い無さがあるのは当然でギリシャあたりはこういう苦しみを経験してないでしょう。だからほんとうの意味ではここいらも近代ではないのではないかと思うのです。今のイスラム教徒の欧州の為体を見るとおそらくはキリスト教徒の十字軍における為体がそうだったのだろうと誓いできそうな気がします。

キリスト教世界には、特に西欧には神の代理人がいました。教えの内容を変質させることが正当に出来たのですよね。ところがモハメッドはアッラーの最終にして最高の預言者です。もはや発展はないのです。彼等は中世の人間であるとしかいえません。

おそらく西欧人は西欧というものは最低でも近代社会だと思ってるはずです。ヨーロッパはかくあるものと考えれば、これ以外の地域は、つまり近代以外の地域はヨーロッパでhないと考えているでしょう。

おそらくイスラム世界も今後西欧のような宗教改革が行われ人口の半分が死ぬというような激烈の変化がなければ、信仰というものを自己の内面に押しとどめるなどという芸当はできますまい。それを行い、それを自己の精神とすることが出来ねば世界のフロントにはたてない気がします。トルコは確かに近代化して大きく変わったのですがエルドアンあたりがやってることを見れば中身は基本的にイスラム世界のままでしょう。これは当分変わるまいとしかいえません。

これはどうにもならないことだとしか思えません。
  1. 2016-07-28 00:14
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