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2016-06-23 04:48

鳶口の美学

消防操法審査会は出ないとまずいのだ。
これは操法の競技大会のようなもので、
消防団の諸君は毎日、仕事を終えてから審査会が近づくと小学校の校庭を借りて練習しているのだから。

しかし、いつも思うのだが、鳶口が出てくるのが良い。
消防団は江戸時代には鳶職だったから、そのシンボルが残っているのである。
形式ばかりで実践的ではないと批判する人も居るが、鳶口が嫌いのようである。

以前は商店主が多かった消防団も、今はサラリーマンが主体である。
弁護士、会計士などの専門職も多い。
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江戸時代中期の町奉行である大岡忠相は、木造家屋の過密地域である町人域の防火体制再編のため、1718年(享保3年)には町火消組合を創設して防火負担の軽減を図り、1720年(享保5年)にはさらに町火消組織を「いろは四十八組」(初期は四十七組)の小組に再編成した。
町火消は主に、鳶職を中心に形成された。 延焼止めの破壊消火(除去消火法)が主流だったため消火道具も鳶口や掛矢、鋸と呼ばれるものが主力であった。
この町火消を祖型とし、1870年(明治3年)、東京府に消防局が設置されるとともに町火消が廃止され、消防組が新設された。
火消は消防夫として半官半民の身分で採用された。
1875年(明治8年)、警視庁に常設の消防隊ができると、消防組は消防隊とともに、東京府内の消防業務を担った。
地方では、地方独特の消防制度が形成され、消防組はあくまで東京府内の機構に留まった。
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これが、消防団のルーツである。



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コメント

【日本火消保存会】
http://www.nihonhikeshihozonkai.org/index.html

 鳶の方々が歌舞伎座で木遣りを披露されるのを聞いたことが有ります。いなせで良く通る声に痺れました。
  1. 2016-06-23 08:39
  2. URL
  3. 都民です。 #-
  4. 編集

破壊消防は今でも消防の基本だと思うのですが?木造家屋が密集し延焼が確実ならば今も破壊消防は認められてるはずです。破壊の訓練の必要はないということでやらないだけでしょう?

江戸時代の火消しは基本破壊消防中心ですから木造家屋を壊し消火帯を作り延焼防止をするというのが基本でしたよね。これは木造家屋が多いところでは今でも有効でしょう。訓練しといたほうが良いと思うのですがね。
  1. 2016-06-25 01:32
  2. URL
  3. kazk #cPv2SIBE
  4. 編集

Re: タイトルなし

> 破壊消防は今でも消防の基本だと思うのですが?木造家屋が密集し延焼が確実ならば今も破壊消防は認められてるはずです。破壊の訓練の必要はないということでやらないだけでしょう?
>
> 江戸時代の火消しは基本破壊消防中心ですから木造家屋を壊し消火帯を作り延焼防止をするというのが基本でしたよね。これは木造家屋が多いところでは今でも有効でしょう。訓練しといたほうが良いと思うのですがね。

鳶口だけでなく、ノコギリ、ハンマーも震災の時に役に立つでしょう。
  1. 2016-06-25 13:30
  2. URL
  3. 友遊 #-
  4. 編集

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