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2015-08-21 12:20

町内パトロールと場末と悪場所

私は町内に貧困者・困窮者が居たら報告する役目を負わされている。
年に1回、リストを提出しなくてはならず、該当者がいない場合は「無し」と報告する必要がある。
報告を怠ると、なんで報告せんの?と電話が掛かって来る。
ところで貧困者の概念は?
これは大宝律令から、家族で面倒が見れない、共同体でも面倒が見れない、公的な援助を必要とする者という概念だ。
これは、我が国の伝統的な相互扶助の伝統によるものだが、戦後の復興の中でも有効に作用した。
終戦直後に約200万人居た生活保護受給者は、どんどん減少して80万人程度まで減少したのである。
(その後、再び200万人に戻るのは1970年レジームでの人権派の活躍による)
終戦から1960年代までは大家族制度が残っていた。
大家族というのは、一軒の家屋の中に一族郎党が居住することを意味しない。
子供達が家を出て独立したとしても、全体として「大家族」の意識があり、そのように行動すると言う意味である。
これは日本では大正時代から、そのような状態であった。
当然、家族に貧困者が出ると全員が心配した。
貧困者は「俺が貧困であると一族の恥になつと思ってるのだろう」
「生活に困って犯罪を犯すと一族の恥になるからだろう」とイジケル。
それで自由な生活を阻害する大家族制度と言うような本が出て、
エンゲルスの「家族・私有財産・国家の起源」なる本が、この手の人々に受けたわけである。
家族で面倒が見れない場合は共同体が登場する。
共同体は何故に貧困の撲滅に熱心なのか?
共同体の安全のためである。
貧すれば犯罪に走る可能性が高くなるからだ。
共同体の中で自立支援を行う。
これは大都会ではなくなっているが、地方に行けば、その伝統が残っている地域がある。
共同体で自立支援が不可能の場合は公的に自立支援を行う。
東京都内にもこうした施設はあちこちにあり、家族がない、天涯孤独な路上生活者だった人達が多い。
自立と行っても老人なので仕事は、ビルの清掃ぐらいしかなく、その時給は極めて安い・・というか法的な最低給料ぎりぎりだ。

共同体は域内の貧困者を減らすために努力し、防犯パトロールを強化する。
熱心な共同体は年間を通じて住民が交代でパトロールをする。
すると犯罪者は住みにくくなり、中央から離れた場所に移転する。それが場末なのである。
やがて場末にピンクな繁華街が出来て、そこにエロ親父が遊びに行くようになる。
そうなると怪しい商売、怪しい業者が集まるようになる。
こうなると共同体も黙っていない。
場末とはいえ共同体に内部であるからだ。
場末のパトロールが強化されると、怪しい商売の関係者はそこから出て行く。
出て行くが消え去るわけではない。
そして、あらゆる共同体から出てきた者が集まる地域が出来る。
それは、どこであるのかは当然のことながら、どこにも書いてない。

これは海外の都市でも同様である。
一つの巨大都市であっても、安全な場所と危険な場所があり、危険な場所にも「やや危険」「危険」「やばい場所」がある。
旅行者はまず、このような情報を集めないと、命がいくらあっても足りないのである。
日本もグローバル化しており、同様な状態になっている。
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