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2015-08-16 11:44

注目講演 「琉球王国450年の嘘」 石井望先生







中華人民共和国の南部はシナではないのでは?と長く思っていたのです。
その理由は、北京語の通訳が「この人たちの言葉分かりません」と通訳を放棄することが多かったからです。
上海までは大丈夫でしたが、揚子江の南に入ると・・・「わからんす」が頻発するのです。
最初の動画に漢字の読みの方言分布図が出てましたけど、非常に数が多い。
おそらくスペインのような多言語世界になっているのではないか。
江南はシナではないのです。
今の中国においてシナの範囲は黄河の流域から山東省、北京周辺の限られた世界ではないでしょうか?

以下の大清帝国統治地域を引継いでいると思われる。
欧州企業は江南に進出している。
日本はシナの統治地区に進出すべきではなかった。


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コメント

シナ南部は

秦始皇帝によるシナの成立以降も越(楚も含む)人の住む地域であって言語も越語系です。故に福建からの移住民と台湾原住民の混血台湾人のDNAも中原シナ人のものは極めて少なくそのほとんどが越人系のものです。
「台灣大学医学院の日台混血の林媽利教授のDNA研究で明らかになったものだ。その分析によると台湾本省人の85%は原住民の血統(山地平地を含む)であり、90%以上は百越族の血統であり、北方シナ人の後裔ではない」http://marcooichan2.blog129.fc2.com/blog-entry-4863.html

広東は粵とも言いますがこれは越と同音で広東人も越人、百越人の後裔です。またヴィエトナムは漢字では越南と書きます。越語では修飾語が被修飾語の後にくるので、越南とは「南の越」ということでまさに越人国家でありましょう。

漢字で覆いかぶされたシナとくに南部の異言語と異民族は、もし言語をローマ字表記に置き換えれば欧州各国のように独立した民族国家が乱立することになるでしょう。秦始皇帝による統一シナの成立の最大の柱は漢字の整備だったということです。

  1. 2015-08-16 17:20
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  3. 丸山光三 #-
  4. 編集

Re: シナ南部は

> 秦始皇帝によるシナの成立以降も越(楚も含む)人の住む地域であって言語も越語系です。故に福建からの移住民と台湾原住民の混血台湾人のDNAも中原シナ人のものは極めて少なくそのほとんどが越人系のものです。
> 「台灣大学医学院の日台混血の林媽利教授のDNA研究で明らかになったものだ。その分析によると台湾本省人の85%は原住民の血統(山地平地を含む)であり、90%以上は百越族の血統であり、北方シナ人の後裔ではない」http://marcooichan2.blog129.fc2.com/blog-entry-4863.html
>
> 広東は粵とも言いますがこれは越と同音で広東人も越人、百越人の後裔です。またヴィエトナムは漢字では越南と書きます。越語では修飾語が被修飾語の後にくるので、越南とは「南の越」ということでまさに越人国家でありましょう。
>
> 漢字で覆いかぶされたシナとくに南部の異言語と異民族は、もし言語をローマ字表記に置き換えれば欧州各国のように独立した民族国家が乱立することになるでしょう。秦始皇帝による統一シナの成立の最大の柱は漢字の整備だったということです。

なるほど南部はベトナムに至るまで越人の国なのですね。
古代の越の首都は杭州の近くにあったようですが、あそこも通訳の言葉が通じませんでした。
近く広東に行く予定があるので、研究してきます。
  1. 2015-08-16 19:21
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  3. 友遊 #-
  4. 編集

支那の言語地図は

こちらが有名です。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%A1%E3%82%A4%E3%83%AB:Map_of_sinitic_languages-ja.svg

漢字は時代により読み方が変化しますがこれは単なる読み方の変化ではなくそれをつかた連中の入れ替わりだと思ってます。

春秋戦国時代から漢代にかけての上古音、唐代までの中古音、宋代に至る新古音と一般に言われています。支那に関しては北からの征服王朝が中元の支配を繰り返す歴史です。

日本の漢字の読みは中古音の呉音、漢音が主体ですが漢代末期や唐代末期には人口の旧現象があったことは知られています。北からの征服王朝が中原に入り、それ以前の王朝の連中は南に逃げ込み多くの方言を作ったものだと思われます。

そもそも日本人のうちの一定数は華南地域から来た連中だというのは稲のDNAの研究などから明らかです。かつて長江流域にいた連中が列島にやってきたものです。稲作はこのような直接伝搬が証明され半島は無関係であることが明らかになりました。それどころか半島の住民のかなりの部分は列島から移動したものではないかということが言われるに至ってます。

支那の歴史は現在の連中が主体とななった後ですからせいぜいが元代以降、本来は人口急増期の清代以降と考えるべきです。

まあそれでも現代支那語の勢力は人口9億ですから大変なものですが…
東アジアの歴史というものは相当に書き換えられねばならないと思ってます。
  1. 2015-08-17 23:02
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  3. kazk #cPv2SIBE
  4. 編集

Re: 支那の言語地図は

> こちらが有名です。
>
> https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%A1%E3%82%A4%E3%83%AB:Map_of_sinitic_languages-ja.svg
>
> 漢字は時代により読み方が変化しますがこれは単なる読み方の変化ではなくそれをつかた連中の入れ替わりだと思ってます。
>
> 春秋戦国時代から漢代にかけての上古音、唐代までの中古音、宋代に至る新古音と一般に言われています。支那に関しては北からの征服王朝が中元の支配を繰り返す歴史です。
>
> 日本の漢字の読みは中古音の呉音、漢音が主体ですが漢代末期や唐代末期には人口の旧現象があったことは知られています。北からの征服王朝が中原に入り、それ以前の王朝の連中は南に逃げ込み多くの方言を作ったものだと思われます。
>
> そもそも日本人のうちの一定数は華南地域から来た連中だというのは稲のDNAの研究などから明らかです。かつて長江流域にいた連中が列島にやってきたものです。稲作はこのような直接伝搬が証明され半島は無関係であることが明らかになりました。それどころか半島の住民のかなりの部分は列島から移動したものではないかということが言われるに至ってます。
>
> 支那の歴史は現在の連中が主体とななった後ですからせいぜいが元代以降、本来は人口急増期の清代以降と考えるべきです。
>
> まあそれでも現代支那語の勢力は人口9億ですから大変なものですが…
> 東アジアの歴史というものは相当に書き換えられねばならないと思ってます。

なるほど華南地区のトレードショーの会場で、殆ど言葉が通じなかった理由が分かりました。
ただし、同じ華南人でも通訳不可能は多々ありスペインを思い出しました。
方言ではなく異言語ですね。
  1. 2015-08-18 10:54
  2. URL
  3. 友遊 #-
  4. 編集

異言語だけではない、異民族です。

現代支那語と中古以前(つまりは宋代より前)では基本語彙が違います。

例えば犬→狗、食→喫というような変化をしています。これは名詞と動詞の基本語彙の変化ですが、このような変化をしたということはおそらく別個の言語がハマったのだとしか言えないと思います。

支那は王朝毎に新しい漢字を作ったとまで言われますが、作らざるおえなかったというのが正解でしょう。漢字を使うことを前提としていた周辺の連中はそうせざるおえなかったのでしょうが全くの異民族系ならば元や清のように自民族の文字を作るということになったのだと思います。モンゴル文字や女真文字がありますよね。

清については支配民族の満洲人に関係無かったから康煕字典のような編纂事業が行えたはずです。これによって統一的な漢字の整理ができたというのは皮肉以外の何物でもない気がします。

だから支那史は宋代、元代で大きな落差があり長江流域の連中は本来異民族といわねばならないのです。ただ言葉の側で漢字表記に対応した部分があったようで筆談でなら意思疎通が出来たという一事で統一が可能になったのだとしか言えません。

中共の統一の時、毛沢東が湖南語で行った演説を北京の人民は全く理解できなかったと言います。恐ろしいことに湖南省でも別地区の出身者は半分くらいしか分からんとのことでした。これは湖南出身の在日中国人の奥様の子供の家庭教師をやった時に聞いたことです。奥様は日本語もできたので殆どトリリンガルだったはずです。

ちなみにその奥様に日本流の漢文の読み方で論語と史記、盛唐の詩を読んで見せ心底驚かれたことを憶えています。大陸は簡体字、というような発想はありますが現場ではやはり文化の連続を考える立場から結構繁体字を教えてる節があります。ただそれでも支那人が古典を読むというのは相当な困難さがあるようです。
  1. 2015-08-19 01:49
  2. URL
  3. kazk #cPv2SIBE
  4. 編集

Re: 異言語だけではない、異民族です。

> 現代支那語と中古以前(つまりは宋代より前)では基本語彙が違います。
>
> 例えば犬→狗、食→喫というような変化をしています。これは名詞と動詞の基本語彙の変化ですが、このような変化をしたということはおそらく別個の言語がハマったのだとしか言えないと思います。
>
> 支那は王朝毎に新しい漢字を作ったとまで言われますが、作らざるおえなかったというのが正解でしょう。漢字を使うことを前提としていた周辺の連中はそうせざるおえなかったのでしょうが全くの異民族系ならば元や清のように自民族の文字を作るということになったのだと思います。モンゴル文字や女真文字がありますよね。
>
> 清については支配民族の満洲人に関係無かったから康煕字典のような編纂事業が行えたはずです。これによって統一的な漢字の整理ができたというのは皮肉以外の何物でもない気がします。
>
> だから支那史は宋代、元代で大きな落差があり長江流域の連中は本来異民族といわねばならないのです。ただ言葉の側で漢字表記に対応した部分があったようで筆談でなら意思疎通が出来たという一事で統一が可能になったのだとしか言えません。
>
> 中共の統一の時、毛沢東が湖南語で行った演説を北京の人民は全く理解できなかったと言います。恐ろしいことに湖南省でも別地区の出身者は半分くらいしか分からんとのことでした。これは湖南出身の在日中国人の奥様の子供の家庭教師をやった時に聞いたことです。奥様は日本語もできたので殆どトリリンガルだったはずです。
>
> ちなみにその奥様に日本流の漢文の読み方で論語と史記、盛唐の詩を読んで見せ心底驚かれたことを憶えています。大陸は簡体字、というような発想はありますが現場ではやはり文化の連続を考える立場から結構繁体字を教えてる節があります。ただそれでも支那人が古典を読むというのは相当な困難さがあるようです。


「中共の統一の時、毛沢東が湖南語で行った演説を北京の人民は全く理解できなかったと言います。恐ろしいことに湖南省でも別地区の出身者は半分くらいしか分からんとのことでした。」

なるほどねえ。こういう話は関係者に聞かないと分かりませんね。


  1. 2015-08-21 11:06
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  3. 友遊 #-
  4. 編集

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