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2015-01-05 11:47

ヨーゼフ・ランナーのロマンティック・ワルツ

遊び人「ヨハン・シュトラウス一世」のライバルとして知られるのが、このランナーである。
駅伝のランナーではなく、ヨーゼフ・ランナーなのである。

ヨーゼフ・ランナーは1801年に生まれのウイーンのヴァイオリン奏者であり作曲家である。
これはヨハン・シュトラウス父子と同じだ。
シュトラウス一家に先立ってウィンナ・ワルツを確立させ、ヨハン・シュトラウス1世と対決しつつワルツを磨き上げていく。
彼の作品にはワルツ、ポルカ、ギャロップ、レントラーなど400曲以上。

彼は42歳の若さで病死し、これによりヨハン・シュトラウス一家がウィーンのワルツ界に君臨することとなった。

日本では天保の改革が行われ、遠山の金さんが、この桜吹雪が目に入らぬかと啖呵を切っていた頃である。  

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  1. ワルツ
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コメント

ランナーとシュトラウスを見てると

結局長生きした奴が強いんでしょうね。
若死にして後世に名が残るにはモーツアルト並みの才能が必要ということでしょうか。
今聞いてもそんなに両者に差があったという気はしません。

それよりもこんな同じような曲を半世紀以上も書き続けた彼らの精神に驚きます。ワルツの魔力でしょうか、それともウィーンてそういう街なんでしょうか。
時代はもう少しシリアスになってたんじゃないかという気もするんですがマーラーあたりは少数派だったんでしょうか。

同じシュトラウスでもリヒャルトあたりはずいぶん違って聞こえるのは時代なのでしょうか地域差でしょうか。小生かなり後年までリヒャルトもシュトラウス親子の系譜だと思ってました。恥ずかしい…
  1. 2015-01-08 10:52
  2. URL
  3. kazk #cPv2SIBE
  4. 編集

Re: ランナーとシュトラウスを見てると

> 結局長生きした奴が強いんでしょうね。
> 若死にして後世に名が残るにはモーツアルト並みの才能が必要ということでしょうか。
> 今聞いてもそんなに両者に差があったという気はしません。
>
> それよりもこんな同じような曲を半世紀以上も書き続けた彼らの精神に驚きます。ワルツの魔力でしょうか、それともウィーンてそういう街なんでしょうか。
> 時代はもう少しシリアスになってたんじゃないかという気もするんですがマーラーあたりは少数派だったんでしょうか。
>
> 同じシュトラウスでもリヒャルトあたりはずいぶん違って聞こえるのは時代なのでしょうか地域差でしょうか。小生かなり後年までリヒャルトもシュトラウス親子の系譜だと思ってました。恥ずかしい…

このワルツというのは、男女が体を密着させて踊るという不道徳な踊りということで、長くご禁制だったのです。許されるのはフォークダンスみたいに触れるだけ。
これが解禁されたのは1800年代からです。最初は庶民から流行し、最後は貴族もOKとなり、ウイーン会議ではワルツを踊ってばかりで議事が進まず「会議は踊る」と言われた。。
この時期のワルツ熱はポルノ解禁とまではいかないでも、性の解放であるのは事実でしょう。
そのため庶民から貴族、外交官までワルツに熱中したのです。

ヨハン・シュトラウスの父はかなり貧しい家庭の出身で若くから働く必要があった。
バイオリン1本抱えてランナーの楽団に入れてもらい家計を助けるうちに、自分も独立してやれば「もうかりまっせ」ということでオン出た。ランナーは怒った。
ヨハン・シュトラウス父が酒場女と結婚してできた息子がヨハン・シュトラウスⅡ。
父は息子が音楽に進むのを反対したと言われるが、自分の地位が脅かされるるのを恐れたからでしょう。
父は他の女に熱を上げて家出。Ⅱの母は激怒して息子を音楽家に育てて復讐を。

ヨハン・シュトラウス一家は、極めて世俗的な連中でして、そこが面白いのです。
  1. 2015-01-10 00:08
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  3. 友遊 #-
  4. 編集

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