2014-03-28 00:31

町内の児童養護施設

児童養護施設というと何のことだか分かりにくいが、以前は孤児院と呼ばれていたものだ。
1947年に養護施設に改称し、1997年に児童養護施設となった。

特別の存在ではない。
わが町内にも児童養護施設があり、我が家の子供たちは小学校、中学と同級生に施設の子が何人も居た。
同級生なので施設に遊びに行ったこともあり、今でも何人かは友人である。

親が居ない子供だけではない。
・父母と死別した児童
・父母に遺棄された児童
・家庭環境不良の児童(父母の行方不明、長期入院、拘禁、離婚、再婚、心身障害など)
・保護者がいても児童虐待を受けている児童

最近の傾向では父母と死別した子供よりも、遺棄された子供が多く、
さらに虐待を受けて施設に入る子供が全体の50%程度にもなっている。
施設の子供たちは小学校時代は「明るく、元気で、前向き」なのである。
しかし、中学に入る頃から、一部ではあるが「明るく、元気で、前向き」ではなくなる子も出てくるのである。

この時、分かるのであるが、小学校時代の「明るく、元気で、前向き」の表情の裏に
深刻な虐待のトラウマを抱えていたのである。
これは自分で乗り越えるしかないものだが、
さらに18歳を過ぎたら施設には居れない。
自らの力で自立して生きて(稼いで食べて)いかなばならないのである。
周囲の大人は、この時期の子供たちの変化に非常に気を使っている。
しかし、本人の抱えているものはとても重いのである。


テレビ番組の「明日、ママガ居ない」については、地区の民生委員の会議でも議題になった。
私が感じたのは「センスが古過ぎる」ということだ。
昭和30年代のゼニゲバでも出てきそうな時代認識である。
「同情するなら金を呉れ」の「家なき子」の延長ではないか。

残念ながら、もはや、そういう時代ではないのである。




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