2014-02-15 18:27

ディア・ハンター




ディア・ハンタのディアとは鹿。
鹿狩りのハンターである。
My dearのディアではおまへんのや。

1978年の映画でロードショーで見に行きました。
この頃は、まだ映画は映画館で見る習慣があったのだ。

えらい長い・3時間・・映画でして、
最初の出だしの部分でガーンとやられました。

この映画はトンデモ映画として酷く批判されています。
戦争映画と考えると、明らかにトンデモ映画です。
でも、これは戦争映画では無いので、この批判は的外れです。

ジョージ・ルーカスの「アメリカン・グラフィティ」は1973年の映画。
これは1962年の米国の青春を描いたもの。
しかし、米国社会はベトナム戦争を契機に大きく変わってしまう。

ディア・ハンターは、1970年代版の「アメリカン・グラフィティ」。
いわゆる「本歌取り映画」である。
日本の和歌で「本歌取り」というのは、本歌に敬意を払いながら、自己流に変えるもので、一種の返歌でもある。
そのような位置付けである。

最初のシーンは製鉄所が映り、仕事が終わり工員が帰宅する。
工員の結婚式があるというので皆、出席する。
極めて結びつきの強いコミュニティを思わせる。
それから結婚式の準備をするシーンで教会の尖塔が・・・モスクワ郊外の夕べ。
ビザンチン東方教会なんです。
それで、ここは米国内の露西亜系移民のコミュニティであることがわかる。
ダンスパーティでカチューシャを歌い、コサックダンスを踊る。
あえて極めて共同体意識の強いコミュニティを取り上げている理由は、映画の後半で分かる。

この共同体では男3人が徴兵で月曜日からベトナムへ。
その1人(ニック)は結婚式を挙げてから戦場へ。
別に反戦の雰囲気はどこにもない。

そして、翌日は男達は鹿狩りに出掛ける。
狩の後は町で飲む。
裸で走ったりして遊ぶ。

最期、酒場に隅で誰かがピアノを弾く。
その曲はショパンのマズルカなのです。
この酒場にグレーン・ベレーが静かに酒を飲んでいるが、彼等との対話を拒否する。
これも、複線である。

このシーンの後、突然、ベトナムの戦場シーンへ。
ベトナムのシーンは戦闘シーンは殆どなく、ロシアン・ルーレットの連続。
3人は精神に異常を来たし、ニックは軍を出て行方不明に。
ニックはサイゴンの町でロシアン・ルーレットの賭けに興じる集団を目にする。
怪しげな男からプレーヤーになれば金を稼げるという誘いを受ける。
戦争を描くのでは無く、ひたすらロシアン・ルーレットを描いている。
何故、そのように描いたのか。
これは前半と後半を結ぶ、間奏曲に部分であり、象徴するものがあれば、良い。
この場面を丁寧に、理論的に撮影すると観客も目がここに集中して、
一番、描きたい前半と後半が・・・・えらく地味な映画なので・・ますます目立たなくなるからだ。
中間の部分は、わざわざ歪に、変だなと思わせるように撮影しているのである。

2年後、他の2人は帰還。
彼等にサイゴンから謎の送金があり、ニックが生存している事を知り陥落寸前のサイゴンへ探しに行くが・・・結局、ニックはロシアン・ルーレットで死ぬ。


ニックの葬式の後、仲間がニックの家で酒を飲む。
しかし、余りに悲しくて話が続かない。
すると誰かがGod Bless Americaを歌い出し合唱になる。
そして、ニックに乾杯・・・の一言で映画は終わる。


ここでGod Bless Americaを歌うところが・・この映画の味噌なのである。





ベトナム戦争で米国は変わってしまった。
米国の国民から離れてしまい、何者かが支配する国に変貌した。


そして、それは現在まで続いている。
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