2014-03-16 23:29

007 消されたライセンス

ソ連が崩壊した時、「これで冷戦が終わり平和が来る」とは考えなかった。
一番最初の思ったのは、米国経済を支えていた軍事予算(日本の国家予算と同じレベル)を削減したら、えらいことになるから、次の生贄を探すだろう・・・と言うこと。次ぎに全世界に散っている工作員(スパイ)も、失業するのは嫌だろうから、何か良からぬ工作を始めるだろうということである。

第一作から必ず見ていた映画007シリーズも、「消されたライセンス」でボンドは失業する。
そして、へミングウェイ・ハウスで「武器よさらば」と呟く。

時代が大きな転換点に達した。

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思うことがあり、古いエントリーを再掲載します。



 

 

007 消されたライセンス License to Killは、1989年公開、ジョン・グレン監督のスパイアクション映画007シリーズ第16作。

1962年から続いた「古き良き007」の最期の作品である。

 

時代が変わったのである。

 

1985年、ソ連共産党書記長に就任したミハイル・ゴルバチョフは、改革および新思考外交を掲げて、国内体制の改良と大胆な軍縮提案を行い、西側との関係の改良に乗り出す。

1987年にアメリカとの間で中距離核戦力全廃条約 (INF) を調印した。

この緊張緩和によって、両国の代理戦争と化していたオガデン戦争やアンゴラ内戦が1988年から順次終結し、リビアフランスが介入したチャド内戦も終結した。

カンボジア内戦も1988年から和平会議が開催された。

 

1989年にポーランドポーランド統一労働者党が失脚して政権が交代し、ハンガリーやチェコスロバキアでもソ連式共産党体制が相次いで倒れ、夏には東ドイツ国民が西ドイツへ大量脱出した。

このため、11月9日には東ドイツがベルリンの壁の開放を宣言、冷戦の象徴とも言うべきベルリンの壁が、崩壊した。

ルーマニアでも革命が勃発し、ニコラエ・チャウシェスク大統領夫妻が射殺され、共産党政権が倒された。

1989年12月には、地中海のマルタ島で、ゴルバチョフジョージ・H・W・ブッシュが会談し、冷戦の終結を宣言した。

 

007シリーズはその背景に冷戦があった。

1989年の冷戦の終結により、シリーズを続けるのが難しくなる。このLicense To Kilの後、次のゴールデン・アイまで6年間の空白がある。

 

実質的に007シリーズは、ここで終わり、ゴールデン・アイ以降は別のシリーズと言うべきであろう。

 

4代目ボンドのテモシー・ダルトンも本作品が最期となる・・・というより、彼は2作品しか出演しなかった。

ジョン・グレン監督も本作品が最期。

第1作からの脚本を手がけてきたリチャード・メイボームも本作品が最期で引退。1960年風のメイン・タイトルをデザインしてきたモーリス・ビンダーも引退である。

 

ストーリィの方も、冷戦とは関係のない麻薬マフィアとの抗争で、ボンドは自分の任務でないのに「親友の仇を討つ」ための復讐戦を戦う。

 

この任務でないのに戦う・・というところに時代の変化と困惑がある。

 

ヘミングウェイ・ハウスでの「武器よさらば」のシーン。

 

 

 主題歌 "License To Kill"は グラディス・ナイト

 

なお、本作の悪役は「東南アジアの麻薬王」という設定だったが、1989年6月に中華人民共和国で起きた天安門事件の影響で撮影が困難になったため舞台が中南米に変更された。


1989年は日本は好景気の中にあり、冷戦の終結と共に米国は日本弱体化のための工作を開始する。

その名は新自由主義とグローバリズムである。

 

1990年 総量規制(土地関連融資の抑制)

1991年 宮沢内閣

1993年 政権交代・・細川内閣発足

 

そして、日本は奈落の底に落ちて行ったのだ。

 

 

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コメント

そして、日本は奈落の底に落ちて行ったのだ。

>そして、日本は奈落の底に落ちて行ったのだ。

良く覚えています、この当時の事情。
あの時の苦しさは忘れられません。そしてその後私は奈落の底から這いあがるため海外に出ました。
奈落の底は苦しかったけれど、そこを飛び出して出た海外は奈落の底以上・・・
今だから笑って言える話です。

そんな事情をズバリ言っている資料が有ります。是非見てください。
https://www.toyota.co.jp/jpn/company/history/75years/text/leaping_forward_as_a_global_corporation/chapter1/section5/item2.html

正に友遊さんの分析の通りです。
  1. 2014-03-17 07:24
  2. URL
  3. 短足おじさん二世 #-
  4. 編集

Re: そして、日本は奈落の底に落ちて行ったのだ。

> >そして、日本は奈落の底に落ちて行ったのだ。
>
> 良く覚えています、この当時の事情。
> あの時の苦しさは忘れられません。そしてその後私は奈落の底から這いあがるため海外に出ました。
> 奈落の底は苦しかったけれど、そこを飛び出して出た海外は奈落の底以上・・・
> 今だから笑って言える話です。
>
> そんな事情をズバリ言っている資料が有ります。是非見てください。
> https://www.toyota.co.jp/jpn/company/history/75years/text/leaping_forward_as_a_global_corporation/chapter1/section5/item2.html
>
> 正に友遊さんの分析の通りです。


あの時代を思い出します。
米国側の不当な要求に対して、マスコミは日本企業が悪いとの報道でした。
一番、印象的なのは、週刊誌のトップ屋が来たので、日本政府の対応を聞いてみたら、
パパ・ブッシュの訪問のかなり前なにに、プレスキットは完成されていて、
「もう、全ては決まっているんだよ」と言われたことです。
シートごとに解禁日が決まっているプレスキットを見せてもらって・・・
記者から「見るだけでコピーは不可」と言われ熟読し、
宮沢内閣というのは、とんでもない対米従属裏切り内閣と思いました。
少しは日本のために抵抗しろよ。

この時の唯一の異変はパパブッシュが晩餐会で倒れた事です。
これだけは、予定通りではなかったです。







  1. 2014-03-17 10:11
  2. URL
  3. 矢野友遊 #-
  4. 編集

グローバリズム

グローバライズという言葉は、かなり以前からあり、その意味は『アメリカ化する』でした。ある国をグローバライズする、とは、その国をアメリカ製品や文化で侵食していく、という意味でした。しかし、グローバリズムという言葉、まだ存在していませんでした。
マッキンゼーにいた大前氏が、ボーダレスワールド、という言葉を使って、現状の世界の物や金の動きと将来の人・物・金の動きを表した数年後に、同じマッキンゼーの人が、それを経済活動としてグローバル・エコノミーと書き、暫くは、グローバル・エコノミーとエコノミストも書いていました。
その内、誰かがグローバル・エコノミーをグローバリズムと書き、それが一般化して現在に至っています。グローバル・エコノミーには、グローバライズの意味はなかったのですが、グローバリズムとなって、グローバライズの意味が組み込まれたのは、この用語を用いた人が皮肉を込めたのか、それともアメリカ人の驕りだったのか、どちらなのでしょうか。
  1. 2014-03-17 12:39
  2. URL
  3. chengguang #DibDBv7k
  4. 編集

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