2016-10-23 14:07

ある意味、ご機嫌な野郎達だったぞなも



私が最初のJAZZを聞き始めたのは、バードでもなければ、マイルスでもなく、モンクでもなく、実はシーデキであった。
1963年頃、東京オリンピックに向かい東京が準備を進めている時代に、デキシーランド・ジャズが流行していた。
ケニー・ボールの旦那は英国生まれで、米国に出稼ぎに来たシーデキ野郎であったが、ある意味、ご機嫌な連中であった。
米国の仮想敵国であるロシアの音楽をJAZZにしてデキシーランドに参戦するとは、ロシアの怪人・アレックス・スミルノフのような野郎であった。
私の好きな「モスクワ郊外の夕べ」「黒い瞳」はケニー・ボールの十八番であった。
そして、坂本九の「上を向いて歩こう」を勝手に「スキヤキ」の題名で演奏して、
ビルボードの上位の食い込んだのは、この旦那と彼の楽団である。

さて、トップの動画はモーツアルトのトルコ行進曲であるが、この時代のシーデキ界隈では、何故か、この曲をJAZZにするのが流行っていたのである。
スポンサーサイト
  1. JAZZ
  2. TB(0)
  3. CM(0)

コメント

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する