2015-02-28 00:20

ロザムンデの音楽、株の話を添えて



フランス料理のメニューには「なんとか風のなんとか、なんとかを添えて」というように長い料理名が続く。
長い名前の料理を楽しみながら、ワインと会話を楽しみたいものだ。

26歳のシューベルトが3週間で書き上げたロザムンデの音楽を聴きながら、最近、思うことは様々だ。

先日、初めてヘッドハンティングの会社の人に合った。
もう、63歳を過ぎて、友人たちはそろそろ引退だというのに、何で今頃そんな話が来るのでしょうか?
残念ながら3つの会社を経営してるので、それを放置してヘッドハンティングされる訳にはいきませんと断った。
その後、海外調査に仕事が来たが・・・ヘッドハンティングの話と関係あるのか不明。
まあ、さしあたり久々にタイに行くことになる。

ところで、このところ実態経済の景気と関係ないのに株価が上がってますな。
1万9000円には直ぐ届きそうだし、その後、2万円を超えるかわわかりませんけど。
どうしても株を上げて、景気回復したとアピールしたい現総理の執念を感じます。
給料は上がらないのに、株だけが上がる。
そこで、低所得の若者も株の丁半博打で生活費を稼ぐようになっている。

昨年、公的年金を運用する年金積立金管理運用独立行政法人(以下GPIF)が丁半博打を始めた。
世界最大の年金基金が株を買い始めたのだから、その影響は大きい。
もともと17%程度は日本株を購入していたのだが、それを20%まで拡大し、さらに25%まで拡大する。

最近の1万8000円台への上昇は、この影響もある。
極めて政策的な話しだ。
10月から12月のGDPが予想より悪くても、
日銀の黒田さんが消費税上げないと日本国債がやばいぜと・・この人、何も分かってなかったのね・・の発言しても、
全く影響なかったからね。
まあ、3月中までは上昇を続けると思うが、その後はどうするの?

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  1. フランツ・シューベルト
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2015-02-26 11:50

シューベルト「ロザムンデのバレー音楽」



26歳のシューベルトが3週間で書き上げたロザムンデの音楽。
その中のバレー音楽第二番。
後代のチャイコフスキーのバレー音楽に似ているんですけど。
「眠れる森の美女」にそっと忍ばせても分からないかも。



  1. フランツ・シューベルト
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2015-02-22 21:18

「キプロスの女王ロザムンデ序曲」は「魔法の竪琴序曲」と同じ

「キプロスの女王ロザムンデ」はフランツ・シューベルトが同名のロマン劇のために作曲した劇付随音楽である。
この音楽はベルリン出身の女流作家ヘルミーネ・フォン・シェジーの戯曲のために作曲された。
しかし、劇はウイーンで公開されたが、極めて不評だったため、初演を含めて2回で上演が打ち切られてしまった。
シューベルトは短期間で、10曲からなる付随音楽を完成させたが、序曲だけは間に合わずに他の自作を流用した。
1820年に作曲された劇付随音楽「魔法の竪琴」D644の序曲が「ロザムンデ序曲」として転用された。

ロザムンデの音楽は序曲ぐらいしか演奏されないが全曲を演奏すると60分程度になる。
私は、以前はロザムンデの音楽というレコードを持っており大学時代には良く聞いていた。
あのレコードには何曲入っていたのだろう?







  1. フランツ・シューベルト
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2015-02-22 13:30

オバマケアの実態




私が最初に米国に出張したのは1980年代の最初である。
プラザ合意で、竹下さんが「うん」と言ってしまう前なので、円が安くて極貧出張であった。
米国の景気は悪く、町は荒れ果てていたが、
中小企業がまだ元気に存在しており、経営者の感覚は日本と同じであった。
しかし、その後、規制緩和がどんどん進み、1992年に北米自由貿易圏がスt-トすると、
古き良き時代を保持していた中小企業の親父さんと、従業員は消えてしまった。
それから後は、金融資本にコントロールされたグローバル企業の時代になった。

この堤未果さんは、ニューヨークの大学を出てか米国野村証券に勤め、
9.11の時はツインタワーの隣のビルで勤務していたらしい。
生活の中から政治経済を見ているので大変わかりやすい。

それと、我が家の近所のお寺の住職が、昨年、研修で米国を視察したというので話を聞くと
「こんなに酷い国になっているとは思わなかった」と驚いていた。
日本も「明日は我が身」とならないよう注意しないといけません。

この動画の最後の方で、情報収集は衆議院、参議院のホームページというのは私と同じ。
議員定数削減の論調には罠が隠されているとの認識も同様だ。

  1. 米国
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2015-02-20 23:06

セロ弾きのゴーシュとチェロ・ソナタ

ゴーシュは町の活動写真館でセロを弾く係りでした。
けれどもあんまり上手でないという評判でした。
上手でないどころではなく実は仲間の楽手のなかではいちばん下手でしたから、いつでも楽長にいじめられるのでした。
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宮沢賢治の童話「セロ弾きのゴーシュ」の冒頭の部分である。
楽長に叱られたゴーシュが、一念発起して、夜、家に帰ってから夜が明けるまで練習を続け、自分が知らない間に驚く程、上手になるという話。
そのゴーシュの練習中に、猫やカッコウや狸がやってくる。
猫が、シューマンのトロイメライを弾けというのにゴーシュが「印度の虎狩り」と言う曲を弾く。
その音響に猫の毛から火花が散る。
あるいは、病気の野ネズミの子供をセロの中に入れて演奏し、治療するなどの話が出てくる。
まさに、セロの響きから生まれたファンタジーである。

私の好きなセロ:チェロの曲の一つ。
ブラームスのチェロソナタの第一番。
この低い音から始まる冒頭の部分は、野鼠の子の治療シーンを思い出してしまう。

 

 

この曲は、第二楽章も実に良い。
Rostropovich & Serkin のコンビの演奏。

 

  1. セロ弾きゴーシュ
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2015-02-20 15:28

ヤニグロの日々

父はヘビースモーカーで、指の先がヤニで黒くなっていた。
中学時代にレコードを購入したら、指揮者はアントニオ・ヤニグロと書いてあった。
こいつもヘビー・スモーカーか?と思った。
ヤニグロはチエロの演奏家であったが、ザグレブで仕事中にザグレブ室内合奏団を結成して、好きな音楽を演奏していた。



ウイキぺディアの記述では

アントニオ・ヤニグロの父はピアニストを目指していたが、戦争で腕を撃たれキャリアを断念していた。
アントニオ・ヤニグロは6歳でピアノ、8歳でジョバンニ・ベルティ(Giovanni Berti)からチェロを習う。
ヤニグロはすぐさまこの楽器の虜になり、数年後にはミラノ音楽院に入学が認められ、ジルベルト・クレパック(Gilberto Crepax)に師事した。
ヤニグロが11歳の時、母ニコラの努力で、巨匠パブロ・カザルスのレッスンを受ける。
カザルスはパリのエコールノルマル音楽院でカザルスのクラスのアシスタントをしていたアレクサニアン(e:Diran Alexanian)に、「ヤニグロ少年は細やかな情感を持った、輝かしい器楽奏者・・・」との推薦状を書いた。

ヤニグロは16歳までミラノに留まり、1934年からパリのエコールノルマルに留学して、カザルスとアレクサニアンに師事する。
パリではポール・デュカス、イーゴリ・ストラヴィンスキー、ジャック・ティボー、アルフレッド・コルトーといったといった才能と交わる。
またディヌ・リパッティは親友であった。

1937年エコール・ノルマルを卒業。
ディヌ・リパッティやパウル・バドゥラ=スコダと共に、ソロ活動を始める。
ザグレブ(クロアチア)はヤニグロにとって第二の故郷とも言える。
第二次世界大戦中、ヤニグロはユーゴスラヴィアのザグレブ音楽アカデミーのチェロと室内楽の教授としてザグレブに留まった。その後、1953年にザグレブ室内合奏団(I Solisti di Zagreb)を設立、自ら指揮をした。

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当時、ヤニグロが何者なのかは知らなかったが、偶然、購入した1枚のレコードから、ヤニグロの演奏が好きになった。
それから暫くは、ヤニグロの日々が始まった。
チエロの曲を多く聞くようになったのはヤニグロの影響である。
  1. セロ弾きゴーシュ
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2015-02-17 09:32

悪事は常に進歩する

以前に書いたものだが・・・・

http://yuyuu2013.blog.fc2.com/blog-entry-4188.html
これは2005年頃の話で、その後はさらに巧妙に進化しているというか、より効率的に悪事が進化しているようである。

工場内での悪事の撲滅が進んだので、税関を抜けて工場に到着する途中で「あ・あ・あイミテーション・ゴールド」されちゃうらしい。

そうですか、その時間を利用したのか。
確かに出張初心者にとっても、空港からタクシーでホテルに着くまでの間が「危険」ですからね。

イミテーション・ゴールドのカバー(本物を貼ると通報され削除されちゃいますからね。)

  1. 中国
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2015-02-15 13:40

いつまで成長しない戦略を続けるのか?

ようやく新年会の季節が終わった。
毎日、飲んでいたので、押し寄せる情報の渦に飲まれ、誰の話か覚えていないが
「米国市場の自動車年間販売が1700万台に迫るなんて、読みを誤った」と誰か言ってたな。
毎月、統計データを見ていれば、読み違うことはないのだけども、
日本のマスコミ情報に浸かっていると、同じデータを見ていてもバイアスが掛かってしまう。
だからマーケティングをやる人間は日本のテレビを見てはいけない。新聞を読んではいけない。
日本経済新聞の記事には罠が隠されているから絶対購読禁止だと言ってるのに。

米国オートデータの数字では、2014年の米国市場の累計販売台数は対前年比5.9%増の1652万台であった。
これは2007年の1615万台を上回り、2008年秋のリーマン・ショック後の前代未聞の落ち込みから完全に抜け出した。
以前、伸び率から年率換算で1698台程度という数字が出てたので「1700万台に迫る」という数字はそこから来たのだろうが、確かに迫りつつありますな。
ガソリン価格が下がったことでSUVやピックアップトラックが好調で、この分野を得意とする米国メーカーがえらく元気でんがな。これに比べると日本車は堅調に推移というところ。それでも多くは2ケタ成長ですからね。

日本の報道に浸かっていると「米国の力は衰えた」「欧州は不況だ」「露西亜はもう駄目だ」「中国経済は崩壊する」というような話ばかりであるが、米国はリーマンショックで大きく落ち込んだが、その翌年から回復しており、欧州は米国に比べると回復が遅いけど日本よりは「まし」なんですけど。
米国は「ニューディール」など公共投資もばっちりやり、補助金もじゃかすか使いましたからね。
欧州はユーロ四の字固めに・・別名財政再建固めに引っ掛かり米国のよう自由に財政出動できないので、回復が遅れているだけ。
そして、米国よりもさら自由奔放に財政出動している中国も、バブルが崩壊すると言われてから幾年月、まだ続いていますけど。

日本だけが、ひたすら「成長しない戦略」を採用し、少し景気が回復すると財務省勝元次官の「消費税固め」で、むりやりにでもマイナス成長にしようと必死になるのは何故なんでしょうか?

保守派の人達もグローバリゼーションを否定するなら、まずは国内景気をせめて欧米並みにして下さい。
欧米諸国も経済が成熟した先進国ですが、それでも成長しているのです。

リーマン・ショックの前は米国の景気が良かったので、日本も大企業だけは恩恵があった。
でも、その米国景気の原資ちゅうか「銭」は日本から流れたもの(円キャリー)。
米国は景気が良いものだからクリキントン大統領時代に中国に進出し、中国の景気を急拡大させる。
それで恩恵を受けたのが米国より前に中国に進出していた欧州。
リーマン・ショックの後も中国だけは成長したので欧州は恩恵を受けた。米国も同様。

そして、今、米国市場がリーマン・ショックの前の水準を超える景気となっているが、
日本への恩恵は少ない。
民主党の3年間の超円高時代に多くの企業が工場を海外に移したからです。
だから、2014年は円安でも自動車輸出は増えなかった。
民主党政権の前と後では経済構造が変わってしまったのです。

ですから、これからも「成長戦略という名の成長しない戦略」を続けると・・・まずいと思いますけどね。
  1. 自動車
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2015-02-08 15:00

朝日新聞的世界観の溶解

  1. マスコミの構造
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2015-02-06 10:19

参考になる分析





  1. サラセン
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