2012-12-30 10:42

今年もお世話になりました

 

昨日はお墓の掃除をしてから、町内の八幡様に参拝した。

 

我が家のお墓は、なぜか墓石の周囲に植木が植えられている。

これが気になって仕方がなかった。

お墓には木を植えてはならないというのが普通だと思う。

木を切って良いものかをお寺の住職に聞きに行こうとしたら、大きな葬儀があるようで、本堂には棺桶が・・。

 

そこで遠慮して、自分の判断で伐採することにした。

3本あるなかで、2本は枯れていたので根から抜いてしまった。後の1本は元気なので根を残して、土から10cmの所で伐採した。途中で指に2ヶ所、傷を負って血が出た。

生きている木を切るのだから仕方が無いことである。

 

その後、丁寧に墓石を洗い読経をした。

お墓はすっきりと良くなった。

本年も、ご先祖様にはお世話になりました。

来年も頑張りますので、よろしく、ご指導をお願いします。

 

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本日にて2012年のブログエントリーは終了です。

お正月にコメント返信いたします。

 

読者の皆様、良いお正月を。

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2012-12-30 10:22

小料理屋の主人との対話

 

かつて国金だった政府系銀行へ融資の申し込みに行った帰りに、昔馴染みの小料理屋に寄った。

 

「どうも」

「やあ、お久だねえ」

 

・・・主人は御節料理の準備に忙しい。

ここの主人は内容充実、原価高すぎで・・・女将さん激怒のお御節を毎年、一万円で販売している。

 

「これは子持ち鮎。今の季節しかない食材だ。これを御節に入れるのよ・・・」

 

・・・それから借金の話になる。

 

「どうしたの、どこかに寄った帰り??}

「国金へ融資の相談」

「最近は国金も貸さなくなったね」

「そうなの」

もう、全く駄目よ。昔はねえ・・・こういう商売だとお客さん最優先だから、大きな宴会が入り、借金の返済に行けないことがあった。ちょっと遅れる・・と電話掛けてるとOKだったが、今では全く許してくれない。

少人数でやってるので、こちらも準備で多忙。それに商売には波があるものなのです。急に客が来たり、何故かこなかったり・・・・サラリーマンじゃないんだから。

こういうのを面倒見て呉れるのが国金でしょう。常に予定通りに返却できるなら、普通の銀行から借りれば良い」

「そういう融通は全く効かない」

「結局、小さな料理屋を潰そうという意図なんでしょうね」

小泉構造改革は、このような意図で行なわれたと思うよ」

「最近はね、個人営業だと店舗も借りられなくなった。だから借りているのはFCチエーンだけだよ。」

「画一化された味と、出所不明の材料・・・ああいう店しか残らない」

毎日、築地に行って料理人の目で材料を仕入れる・・・江戸の料理人は店をタタムしかない」

全ては竹中が悪いんだ」

「これで消費税が上がれば、壊滅だね」

「欧州のレストランは壊滅したからね。店で食べれば消費税20%、自炊なら食材は無税・・・これで残れる店は金持ち相手の高級店のみ」

美味しい伝統料理を、庶民の出せる価格で・・・という俺のコンセプトは・・・ついに終わりだ」

 

「今回、国金に行ったのは信用保証協会に断られたからだ」

「ああ、あそこも駄目だね。金を返せない奴が多くて、不良債権を多数抱えているらしい」

「3兆円あるとの噂もある」

景気をとことん悪くしておいて政府も日銀も何の責任を取らない・・・・それなら金なら返さん・・という人が多くなるんだよ。」

「民間の事は民間で。弱者は潰れろ、自己責任だって」

「来年は景気、よくなるかな」

「今度の首相には期待してるんだ」

「儲かったら昔のように宴会入れるからね」

「待ってるよ」

「親父さんのとこの味は最高だからね」

「ありがとう」

 

短い立ち話だけど、現場の連中は分かってるんですよ。

新自由主義が日本をメチャクチャにしたのだと。

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2012-12-29 20:35

田母神俊雄氏は団塊世代

 

団塊の世代とは何か?

昭和22年から27年にかけて年間の赤子の出生数が200万人を越える年が続いた。

これは日本の敗戦により、戦地より多くの兵隊が日本に帰還して、家庭に戻り多くの子供が生まれたからである。

昭和28年以降は出生数は徐々に減少していく。

 

昭和22年生まれの人は現在、65歳である。

昭和27年生まれの人は現在、60歳となる。

 

日本は敗戦の年の昭和20年から昭和27年4月27日まで米国の占領下にあった。

昭和27年4月28日にサンフランシスコ講和条約の発効により日本は独立した。

団塊の世代は戦後の占領下に生まれた子供達である。

 

公職追放も財閥解体も、この期間にわたり実施された。

そして、昭和25年に朝鮮戦争が始まり、同年には自衛隊の前身である警察予備隊が出来た。

 

昭和天皇の地方行幸が続き、各地で熱狂的な歓迎を受けた。昭和21年から29年まで続いた。

 

 

 日教組はGHQの指令により結成されたが、この時代は勢力は極めて微弱であり、組織活動を始めると兵隊帰りの先生から体育館の裏に呼び出されては、やさしく諭されて?やがて転校して行った。 

 

日の丸、君が代に疑問を持つような教師は、この時代には居なかった。

学校の行事では常に日の丸、君が代が登場した。

国旗は毎朝、校庭に掲揚され、当番の生徒が朝一番で学校に行き、日の丸を揚げた。

 

日本は悪い戦争をしたと教わったことはなかった。

日本は大義のため正しい戦争をしたが、負けたのは悪かったと教わった。

今度は負けないようにすべきであると教わった。

それまでは国力を付けるのじゃ・・・と教わった。

 

 田母神俊雄氏は昭和23年生まれである。

この年は年間270万人の出生であり、団塊の世代の中心に当たる。

水島総氏も昭和24年であり、同様に団塊の世代のリーダーである。

 

平沼 赳夫氏は昭和14年、石原慎太郎氏は昭和7年であるから団塊の世代ではない。

西村幸祐氏は昭和27年生まれであり、最期の団塊世代である。

私の話した感覚では昭和28年生まれ以降は団塊の世代ではない。

この時期になると日教組の反日教育の影響をかなり受け始めている。

 

少なくとも「今度、戦争やる時は負けないようにしよう」とは学校では教わってないらしいのだ。

戦地帰りの先生が引退したからであろうか?

この世代は日本海軍の戦艦の名前や海軍・陸軍の飛行機の名前を知らない。

知っている男はオタク扱いである。

 

団塊の世代では、これらについて知らないほうが珍しい。

子供向け雑誌の特集、付録中に軍記物は必須であった。

 

 

 

昭和29年の映画。決して反戦映画ではない。

ゴジラの本多監督のもう一つの顔。

 

 

 全共闘運動>

学生運動と言うのは戦前からずっと一部の左翼学生がやっていたものである。

1960年の安保闘争は学生は一部で、闘争の主体は労働組合であった。

1968年と1969年の全共闘運動は、大学を舞台に全学スト・・・などと報道されたので、本当に全学ストライキが決議されて行われたと思っている人がいるかも知れない。

団塊の世代の大学時代が、この時代と重なるので、団塊世代=全共闘世代と思われているらしい。

 

そもそも全共闘運動なるものを推進したのは、共産党や社会党から分かれた過激派といわれる分派であり、勢力が小さいので1960年の安保闘争のように労働者を組織できなかった。

そこで、騒ぎを起こすのに都合の良い大学を狙ったということである。

それぞれの大学には自治体が組織されていた。

彼らは、これは共産党の下部組織である民主青年同盟に牛耳られているという理由で、これら既成の組織を撃破・殲滅すると称して勝手に夜中に校内に侵入して封鎖したのである。

自治体は選挙で役員を選んでおり、民青も居れば、そうでない普通の学生も居るのである。

私の先輩も役員だったが、普通のノンポリ学生でしたよ。

 

自治体の役員にとっても、普通の学生にとっても、

ある日、いつものように授業受けようと学校に行くと・・・・

なんと教室がバリケードで覆われて占拠されていた。

 

「教室に入れないんだけど・・・」

「授業はどうなるんだ」

「占拠してるのは、知らない顔ばかりだが、何処の学生だ?」

「夜中に湧いたらしい」

「ふざけるな、俺は授業を受けたい」

「授業料、返せ」

「学校が何とかしてくれるだろう」

「それまで、近くに雀荘で待つとするか」

 

・・・・このように、ある日、突然、知らない連中に校舎を占拠されただけなのだ。

 

学校は困って、退去のお願いをする。

「邪魔なんですけど」

「どいてけれ」

「一般の学生と教師が困ってるので、占拠は他でやってけろ」

 

でも・・返事は・・・「我々はあ、戦うぞ・・・世界革命だど」とアジ演説。いくら聞いても意味不明。

 

それで機動隊に頼んで、意味不明な連中を排除。

この様子がテレビ中継される。

ところが連中は頑強に抵抗して、機動隊員に死者も出る。

 

かなり危ない連中と思ったのか、大学側は機動隊が「学生らしき知らない連中」を排除した後は、再占拠されないよう大学をロックアウト。誰も校内に入れないようにした。

 

 

で・・・・大多数の普通の学生は・・・。

 

「教室に入れないんだけど・・・」

「授業はどうなるんだ」

 「授業料、返せ」

「学校はいつまでロックアウトする気かね」

「近くに雀荘で待つとするか」

 

こうして、酒と雀荘の日々が始まった。

 

これが全共闘運動の実態。

大多数の団塊世代は腐れ左翼運動の被害者なの。

 

しかし、少人数しか居ないのを、大きな勢力に見せるのは、今も昔も変わらないマスコミの基本的方針ということです。

  1. 瘋癲老人日記
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2012-12-28 22:33

新自由主義との決別

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2012-12-28 22:28

天賦人権説騒ぎ

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2012-12-28 21:53

橋下氏が兼務できるほど参議院は暇ですか?

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2012-12-28 20:54

西田昌司最近話題のアベノミクスについて

 

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2012-12-28 16:48

早くも輸入品値上の連絡が入る

 

 

 

円が高くなれば輸入品は安くなり、国産品は価格競争力を失う。

 

いくら品質が良いから・・・と言っても高いのは売れない。

売れない商品は店頭から撤去される。

POS管理によりコンピューターが販売データにより自動的に撤去する。

 

良品は静かに消えうせる。

 

円が85円を越えた。

中国のメーカーより連絡が入る。

次回の出荷分より値上すると。

 

もう少し円が下がれば、国産品も息を吹き返す。

メーカーが廃業してなかったら・・・。

 

3年間は長すぎた。

もう廃業しているかも知れない。

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2012-12-28 15:52

法人会にて

 

我が法人会の応接コーナーに張られていた地図。

会長の趣味なのか、事務局長の趣味なのかは分からんが、経営者の啓発のため極めて宜しい。

 

中国韓国にとって日本が邪魔なのが良くわかる」

「反日になるわけだわ」というような対話が、この地図の前で行なわれているらしい。

 

なお、法人会というのは「法人税を正しく申告し、国に納めましょう」という会である。

 

 

戦後、法人税はそれまでの「賦課課税制度」から、1947年4月に「申告納税制度」へと移行した。

しかし、当時の社会経済状況は極めて悪く、経営者が難解な税法を理解して、自主的に申告できるかどうか危ぶまれていた。

このため、「申告納税制度」の定着には納税者自身が団体を結成し、その活動を通じて帳簿の整備、税知識の普及などを図る必要性が生じ、企業の間から自発的に生まれてきた団体が法人会。

 

その第一号は石巻法人会である。

 

http://www.i-houjinkai.jp/?page_id=2

 

法人会が全国各地に発足すると、この納税者の組織をより強固なものとするため、まず都道県単位の連合体が結成された。

更に1954年10月、法人会の全国組織として全国法人会総連合(略称 全法連)が生まれた。

  1. 中国
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2012-12-28 15:26

狭い部屋で・・・・為公会例会

  1. 自由民主党
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