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2014-02-27 14:15

映画「ハイキックガール」より



映画プロデューサーの西冬彦の初監督作品。
武田梨奈は初主演。
ワイヤー、スタント、CGを使用しない、実践志向の空手アクション映画である。
本職の格闘家が多く出演している。





日本は証明しなくちゃいけないの。
日本が圧倒的に強いと言うことを。
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2013-08-18 12:32

宇宙大怪獣ドゴラと藤山陽子  

 

 

 

藤山陽子は博士の秘書役。

 

 

特急「さくら

 

 

東京駅の看板。

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2013-08-18 12:18

宇宙大怪獣ドゴラと若林映子

 

 

 

 

 

 

宇宙大怪獣ドゴラ』は東宝が製作し、1964年(昭和39年)に封切り公開された日本映画。

 

若林映子は宝石泥棒の一味の女役。

 

 

彼女もボンドガールである。

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2013-08-18 00:07

「キングコングの逆襲」における浜美枝

 

 

 

 

 

『キングコングの逆襲』は1967年に公開された日本映画。製作は東宝とランキン・バス・プロ。

東宝の創立35周年記念作品として制作された。

 

『キングコング対ゴジラ』製作時に東宝が得たキングコングの使用権は5年間有効であったため、契約終了前にもう1本製作すべく企画された作品。

 

浜美枝は女スパイ役。

 


 

同時期の出演した007シリーズ。ボンドガールとしての浜美枝

 

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2013-03-13 16:35

喜びも悲しみも幾年月

変なトラックバックのご用心(2)

このエントリーにも、変なトラックバックが付いたのだ。

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今日は、この映画をDVDで鑑賞した。

実に良い映画であった。

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海の安全を守るため、日本各地の辺地に点在する灯台を転々としながら厳しい駐在生活を送る燈台守夫婦の、戦前から戦後に至る25年間を描いた長編ドラマである。

 

1956年に雑誌掲載された福島県塩屋埼灯台長(当時)田中績の妻・きよの手記から題材を得て、木下監督自身が脚本を執筆した。

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公開は1957年の秋。

この映画は、父の先導で家族全員で見に行った。

私は小学一年生か二年生なので、かすかな記憶しか残っていない。

それでも、灯台が敵の戦闘機に狙われて、多くの灯台守が殉死するシーンは覚えていた。

 

1932年

上海事変勃発の年、新婚夫婦(佐田啓二、高峰秀子)が観音埼燈台に赴任する。

翌年、日本は国際連盟を脱退、夫婦は石狩燈台へ転勤する。冬の寒さに耐えながら長男と長女に恵まれる。

 

1937年

長崎県の孤島・女島燈台へ転勤。

 

1941年

佐渡島の弾埼燈台に転勤する。翌年、日米開戦となる。終戦を、静岡県の御前埼燈台でむかえる。

 

1950年

三重県の安乗埼燈台へ副台長として転勤する。娘は、御前埼で親しくしていた知人の世話で、東京の大学へ進学する。

 

1954年

台長として香川県の男木島燈台へ赴任する。このとき、息子が不良と喧嘩して刺され死亡する。

 

1955年

再び御前埼燈台へ。娘は、東京の知人の息子に恋われて結婚する。そして、小樽の日和山燈台へ。映画は、霧の立ち込める日和山燈台への坂道を登る老夫婦のうしろ姿で終わる。

 

 

これが最後のシーン。

長男が事故で死に、長女が結婚して海外に旅立った後、

老夫婦が赴任地の灯台に向かい丘を登っていく。

 

この映画のテーマは2つ。

海の安全を守るという公務員(海上保安庁)の使命。

もうひとつは夫婦の愛情である。

 

この映画の冒頭で、結婚して観音崎灯台にやってきた妻は、狂女に脅かされ悲鳴をあげる。

狂女は他の燈台守の妻である。

長期間にわたる、絶海の孤島での生活に、精神に異常を来たす家族も出てくる。

それでも夫婦は分かれることは無い。

 

平野の真ん中に灯台は不要である。

灯台はいつも辺境にある。

赴任地がどこになっても、2人の職場は常に辺境なのである。

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2013-01-29 13:29

Latitude Zero (1969) をご存知ですかいな?

 

1969年の映画。

ハリウッドが制作費の安い日本に目をつけて、東宝を騙して作ったSF映画。

日米共同制作であるが、台詞は全て英語がオリジナル。

日本版は日本語でアフレコしている。

 

脚本は英語、監督は日本人、撮影も日本。

ハリウッドの俳優と日本の俳優が英語で競演した。

 

とてもお洒落な映画であったが・・・・日本での興行成績は当時の世相に合わず悲惨であった。

幻の作品として伝説化されていたが・・・最近DVDが発売され、宝田明が解説している。

 

とても面白かった。

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2013-01-21 01:16

太平洋戦争 謎の戦艦陸奥

 

 

 

「太平洋戦争 謎の戦艦陸奥」東宝映画

この映画も子供時代に見た。

もう一度、見直しておきたい映画であった。

「潜水艦イ-57降伏せず」は1959年であるが、この映画は翌年の1960年公開だ。

 

http://yuyuu.iza.ne.jp/blog/entry/2310972/

 

 

 

主演は天知茂、菅原文太

 

 

特別出演は嵐寛寿郎とザ・ガードマン宇津井健

 

 

監督は古森白である。

この映画の背景は陸奥の謎の撃沈である。

昭和18年6月8日12:10、柱島泊地の繋留中の「陸奥」は、第三砲塔付近から突然白煙を吹き上げ火薬庫が大爆発を起こした。

艦体は切断され、その巨体は瞬時にして海中に没した。

艦内には1,474名の乗組員がいたが救助されたのは僅か353名に過ぎず、1,121名が艦と運命を共にした。

死者は溺死ではなく爆死であった。

原因調査の為に査問委員会が設置され放火とほぼ断定されたが、決手に欠ける曖昧な結論を提出して二ヶ月後に解散真相は究明されないまま今日に至っている。

 

沈没原因が謎であるため、様々なフィクションの素材となった。この映画では国際間諜団の工作ということになっている。

 

さて、私がこの映画を見なおして確認したかったのは、平和に対する興味深い議論があった記憶があるからだ。

 

天知茂が演じる陸奥の副長・伏見少佐と、その叔父の池上中将との対話。

この池上中将は戦後民主主義のような絶対平和主義者。

これに対して伏見大佐は「我々はアジアの平和のために戦っている。貴方の言う平和とは何か・・・意味が判らない」

これに対する池上の返答は「戦争は悪ということだ」と答えるが、伏見は全く納得しない。

 

反戦映画なら、ここで伏見は飛んでも無い右翼だ。ネット右翼だと描かれるのだが、この映画では池上中将の方が怪しい奴・・・敵に通じた奴に描かれている。

池上は伏見に国際スパイ団のトップと彼に金を貰い協力する売国奴達を紹介する。

この連中が、金を貰いながら「平和のため」と陸奥の爆破に対して協力を要請する。

戦中も戦後も「絶対平和主義者は敵の間諜である」ことを、この映画が見事に描いているのである。

この感覚は1960年頃の庶民感覚であった。

安保反対と国会を取り囲んでいた人達は、以前は火炎瓶闘争をやっていた敵(コミンテルン)の手のものであることは、誰もが分かっていたのである。 

 

  

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2013-01-15 22:33

東京戦争戦後秘話

 

1970年に大学に入学して蓮見重彦先生の映画表現論を受講。

 

先生は「あらゆる映画を偏見無く見るように」と指導。

・・・ということで1970年に公開された、この映画も見た。

 

大島渚監督の映画であった。

 

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2012-11-24 16:11

藤千代と図書館司書の恋  ガス人間第一号

凡庸な図書館の司書が、マッドな発明家にスカウトされて人体実験に応じた。

結果的に彼はガスのような体に変質してしまう。

その図書館には時々、日本舞踊の美人家元が来ていた。

古い舞踊の資料を見たり、浮世絵の美人画を研究して、自分の踊りに生かしたりしていた。

しかし、彼女も春日舞踊は零落しており、舞踏会を開く資金も無い。

ガス人間になった司書は、彼女にために一人で銀行強盗をする。

 

1960年の映画であるが、藤千代役の八千草薫が美しい。

 

 

 

 

 

 

 

八千草も、日本舞踊のレッスンを相当受けたようである。

 

 

で・・・この方は八千草薫演じる藤千代家の唯一の使用人。ずびずばー・・・のお方。

 

 

 

1960年の道路風景。

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2012-11-24 12:45

君は「ガス人間第一号」を見たか?

この映画は米国で高く評価され、なんと米国で続編まで企画されているのです。

 

アメリカの映画会社によって「フランケンシュタイン対ガス人間」という続編が企画された。

アメリカで企画書を見た田中友幸が語ったところによれば「藤千代を蘇らせる為にガス人間がフランケンシュタイン博士を探す」というものであったそうだ。


 

 

米国での予告編。

 

 

 

日本での予告編は・・・・

 

 

 

 この映画の音楽は「ウルトラQ」でもお馴染みの宮内国郎氏の一作。

特に「ガス人間 第1号」のエンディング曲は、東宝特撮史では、一番の感動作と言われてます 

 

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2012-03-30 21:39

フラフープのある風景

 

 

1959年の映画である「社長太平記」の1シーン。

 

フラフープは1958年10月に東京都の各デパートで一斉に販売が開始された。価格は大人向けが270円で子供向けが200円。販売される店には行列ができ、日本中で爆発的に売れて一大ブームを起こした。

 

私も買ってもらって遊びました。

 

しかし、1959年11月にフラフープ使用によるとされる胃穿孔で重態になる事件が起きた。

さらに千葉県で少年3人が腸捻転など内臓障害になったことから、千葉県東金市立東金小学校が小学校が11月22日に児童にフラフープ禁止令を出した。

宮城県でも教育委員会が警告を出し、厚生省もフラフープと健康障害への影響を検討することになり、ブームは急速に沈静化。

 

でも、フラフープで腸捻転とは、いかにも嘘のような話。

日、フラフープとは無関係なことが判明した。

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2012-03-28 20:58

社長太平記の海軍キャバレー

「社長太平記」は1959年の東宝映画。

社長シリーズの第六作である。

 

映画の冒頭は戦艦マーチが鳴り響く。

 

 

そして、戦闘シーン。

長が加藤大作、小林桂樹が兵曹、森繁久彌が二等兵。

 

これが戦後、会社の中での地位が逆転し、森繁が社長、小林が専務、加藤が庶務課長。

 

この妙に捩れた関係が喜劇的に描かれるのだが、

この映画の中に、当時の風俗である海軍キャバレーが出てくる。

 

 

海軍キャバレー「大和」

 

 

入口には水兵が・・。

 

 

コートを預かるのも水兵。

 

 

楽団も水兵。

 

 

ダンスは女性水兵。

 

 

新人時代の水野久美がホステス役で出ている。マタンゴ。

 

この時代はもちろん、1965年頃までは戦前を引きずっていた戦後であったと思う。

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2012-03-10 16:26

必ず邪魔が入るパターン

 

 

この頃の喜劇は男女が仲良くなり、そろそろラブシーンとなると、必ず邪魔が入る。

 

 

 

 

店の鍵まで掛けたのに・・・・この後、フランキー堺乱入。

とてもお洒落な演出なのである。

 

 

 

淡島千景さん追悼。バラードが上手でした。

 

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2012-03-10 16:07

駅前旅館

1958年の公開された駅前シリーズの第一作である。

原作は井伏鱒二、監督は豊田四郎。

主演は森繁久これに伴淳三郎、フランキー堺がからむ。

そして、夫婦善哉で森繁の相手役だった淡島千景が良い味を出している。

 

 

火の用心の当番で町内を見回る。

 

 

夫婦善哉のコンビ

 

 

修学旅行の女子高生と老教師。門限を守れよ・・・。

 

 

ハトバスでの東京見学に出発。

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2012-02-12 13:30

マタンゴと水野久美

「マタンゴ」は、1963年8月11日に公開された日本の特撮ホラー映画。

配給は東宝

監督は怪獣映画の巨匠・本多猪四郎。
ウィリアム・H・ホジスンの海洋綺譚『夜の声』を原作とし、翻案・脚本化された。

 

都内の精神病院に収容されている青年が語る回想録である。

ある日、豪華ヨット「あほうどり号」で海に繰り出した7人の若い男女が遭難し、無人島に漂着した。

そこは、カビと不気味なキノコに覆われた孤島であった。

唯一見つかった難破船には、少数の食料が残されていたものの生存者はおらず「船員が日々消えていく」といった内容の日誌と「キノコを食べるな」という旨の警告が残っていた。

やがて、7人が食料と女性を奪い合い対立する飢餓と不和の極限状態が訪れると共に、島の奥からは不気味な怪物が出没し始める。

そして1人、また1人と禁断のキノコに手を出していく。

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昨日、マタンゴのデジタルリマスター版を見た。

鮮やかな映像。素晴らしい。

 

この映画、東宝の特殊撮影映画の中で最高峰であると、俳優、キャストは言っている。怪獣が主人公ではなく、シリアスなドラマがあるから。

 

 

タイトルはマタンゴだけ。

 

 

最初に出てくる東京の夜景。

 

 

ここは精神病院の一室であった。

 

 

この映画で一番目立のは水野久美の魅力というか魔力。

 

 

美味しい食べ物があるのよ。

 

 

このキノコ、美味しいのよ。

 

 

キノコを食べると、貴方もキノコになれるのよ。 

 

 

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2011-11-13 22:12

実写版宇宙戦艦ヤマト

「三丁目の夕日」の山崎監督作品。

実写とCGの融合。そこが味噌。

撮影は2009年10月12日より開始され、同年12月29日にキャストによる撮影のほぼすべてが完了した。

公開までの残り約1年をかけて、素材撮影・全体の80%に及ぶVFX部分を制作した。

 

制作費20億円

興行成績40億8000万円。  

 

 

 

 

 

 

 

 

ワープの実写。おそろし。

 

 

木星航路をゆく。

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2011-09-02 00:19

エスパイ

小松左京原作の1974年の映画。

出演者は藤岡の旦那。

 

 

草刈正雄

 

 

そして、由美かおる

 

 

この他、この人も出てますけど・・・

 

 

この映画は、由美かおる・・・・エロチックに熱演しているので有名。

 

 

この後のシーンは眼の毒です。

 

なお、主題歌は、モミアゲの怪人尾崎。

 

 

ストレスなく気楽に見れる映画も良いものです。

 

 

欧州ロケとうたいながら、役者は誰も海外には行かなかったと、由美かおるのコメント。「行きたかったわ」

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2011-08-15 09:14

「海底軍艦」から「宇宙戦艦ヤマト」へ

海底軍艦の上映が1963年

それから10年、1974年にTVで宇宙戦艦ヤマトの放映が始まった。

 

海底軍艦はマッハ2の速度で空を飛ぶのだが、

何故に飛べるのか不明であった。

 

しかし、宇宙戦艦ヤマトは、空を飛ぶだけでなく宇宙まで旅立つのだから凄いのだ。

イスカンダルより波動エンジンの設計図が送られてきたので可能になったという設定ですが。

 

  

 宇宙戦艦ヤマトの物語は以下の通り。

  

西暦2199年、地球は謎の異星人国家・ガミラス帝国の侵略を受けていた。

ガミラスは冥王星に前線基地を建設し、西暦2192年より、地球に対して遊星爆弾による無差別攻撃を加えていた。

海は蒸発し地球は赤茶けた姿に変貌し、放射能汚染で地上の生物は死滅する。

人類は地下都市を建設し、地球防衛軍を結成して抵抗を続けていたが、科学力の差の前になす術もなく、地下にも放射能汚染が進行し、人類の絶滅まであと一年と迫っていた。

 

最後の地球防衛艦隊が、冥王星空域でのガミラス宇宙艦隊との交戦で壊滅し、人類生存の希望は完全に潰えたかに見えた。

 

しかし、この交戦の最中に外宇宙から飛来した一隻の宇宙船が火星に不時着、通信カプセルが回収される。

 

その中にはイスカンダル星から、「放射能除去装置 コスモクリーナーDを受け取りに来るように」との救援メッセージと、航海に必要な波動エンジンの設計図が納められていた

 

極秘裏に宇宙移民船へと改造中だった第2次世界大戦中に九州、坊ノ岬沖にアメリカ軍の攻撃により沈没した戦艦「大和」に波動エンジンが搭載され、宇宙戦艦ヤマトとして目的が地球脱出から放射能除去装置・コスモクリーナーDの受け取りに変わる。

 

 

14万8千光年の彼方、大マゼラン星雲のイスカンダル星に向け、地球時間1年以内に帰還しなければ人類滅亡という状況下、宇宙戦艦ヤマトは人類最後の希望を託されて往復29万6千光年の旅に発つ。 

 

 

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2011-08-14 00:07

海底軍艦

 

 

 

 

1963年に上映された映画「海底軍艦」は、海から半魚人が現れるところから始まる。

1960年代に見た東宝特撮映画の中で、私が最も好きなのは、この「海底軍艦」であった。

 

怪獣映画はゴジラにしろ、モスラにしろ、我が東京を襲ってくるのであり、都民は逃げるだけである。

ところが、この海底軍艦は、敵の宣戦布告に反撃し、最後は敵を撃破してしまうのだから、少年達は夢中になった。

私は町内の映画館に見に行ったが、その後、しばらくは夢のような気分に浸っていた。

 

戦後教育は「日本は悪である。平和が尊い」と教えたように思われているが、あまり、そのような記憶がない。

学校の先生は「日本は悪くなかった」「次回は、負けないぜ」と教えていたし、私の周囲には大江健三郎のような子供は居なかったのである。

 

この「海底軍艦」が、特に少年達を感動させたのは神宮司大佐の存在である。日本の敗戦に納得しない神宮司大佐は仲間とイ403潜水艦で反乱を起こし消息を絶った。

その後、南の島で、大日本帝国海軍の再興を目指して海底軍艦を開発していたのである。

 

神宮司大佐のイ403潜水艦は南の島に行く途中、国籍不明の潜水艦に攻撃される。

これがムウ帝国潜水艦であった。

神宮司大佐は海底軍艦(轟天号)の設計図を持って脱出に成功したが、イ403潜水艦はムウ帝国に奪われ神殿に飾られる。(脚本家は分かってますな、世界を震撼させたイ400潜水艦のことを)

 

その後、ムウ帝国は日本及び国連に宣戦を布告する。

国連は総合防衛司令部を設置、最新鋭の原子力潜水艦や人工衛星による警戒網を動員する。

だが、ムウ帝国の潜水艦を深海に追った原子力潜水艦は水圧に耐え切れず圧壊爆破してしまう。

 

日本政府は、ムウ帝国撃滅のために海底軍艦の出動を神宮司に要請するが、拒絶される。

海底軍艦の出動は国連の要請であるとも伝えるが

「海底軍艦は大日本帝国再興のために開発したものだ。国連のためになんか使えるか(怒)。」

 

国連は敵の連合軍ですから神宮司は協力したくない)

 

それから、必死で神宮司の説得が続けられ、「そんなに言うなら、協力する」と、しぶしぶ納得する神宮司。

海底軍艦は海だけじゃなくて空も飛ぶ万能兵器である。

こうして圧倒的な技術を誇る海底軍艦の攻撃により

ムウ帝国は滅び、世界は救われるのであった 

 

 

 

 

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2011-06-05 12:43

潜水艦イ-57降伏せず

 

「5分後に降伏するようとの事です」

敵に伝えよ「日本の潜水艦イ-57は降伏せず。戦闘を開始する。」

映画の最終局面での艦長の台詞である。

 

この映画の完成は1959年。

私は小学生だったが父に連れられて見に行った。

小学生で、はたして、どこまで理解できたか分からないが、この映画の印象は強烈で、しばらく風呂場で潜水艦遊びが行った。

潜水艦のプラモデルも購入した。

 

ストーリー は以下の通り。

1945年(昭和20年)6月、太平洋戦争にて敗戦濃厚となった大日本帝国海軍において最前線に従軍していた潜水艦「イ-57」は突如ペナンに寄港を命ぜられる。

某国の外交官父娘を中立国であるスペイン領カナリー諸島まで輸送する任務を負った。

この外交官は早期講和を目指す大本営の秘密工作であり、艦長以下の反対も派遣された参謀の説得により収まった。

しかし外交官父娘の正体は一般乗組員には知らされないままであった。

「イ-57」はアフリカ沖目指してインド洋を潜行する。

途中、敵の駆逐艦による攻撃などにも耐えようやく喜望峰沖まで達した時、連合国はポツダム宣言を発表し「イ-57」の航海は全くの無意味となった…。

 

その後、カナリア諸島に到着してから外交官父娘を下ろし、再びイ-57は戦闘に戻る。だが、長期航海のため魚雷は6本しか積んでなく、敵の猛攻により撃沈される。

 

 

昨日、この映画を50年ぶりに見直したが良く出来ている。

シナリオも素晴らしい。

実は1953年に新東宝が映画「戦艦大和」を制作したが、これは一方的にやられるだけで、少年達の評判は悪かった。(今、見ると味にある良い映画だが)。

このイ-57は、最後には撃沈されるが、それまでは戦果を上げており、なにより「降伏せず」の台詞が少年達の心を捕らえたのであった。

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Wikipediaより

 

 艦上撮影に当たっては海上自衛隊の協力を受け、当時日本でただ一隻の潜水艦、「くろしお」]を使用。

百数十人の撮影スタッフが危険な海上撮影を敢行した。また海上自衛隊はくす型護衛艦や護衛艦わかば他、駆逐艦、内火艇など、草創期の海上自衛隊艦艇を多数出動させて、撮影に協力している。

 

本作の特撮シーンでは、特撮用に手前が深く造られた小プールが用意され、サンゴや岩場を配置した海底が再現された。

このプールの側面には撮影用の小窓が設けられ、魚雷の発射や海底から見た水面描写など、鮮やかな映像の数々が撮影された。

イ号を始め、各種船舶も20尺(約7m)を超える大型のミニチュアが用意され、主役のイ号は艦首だけのものや、実物大のブリッジも制作され、迫力のある海戦シーンが織り込まれている。

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ことらはKAZKさんが中学時代読んだという「伊58潜帰投せり」。いまや文庫になっている。

 

 

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2011-05-11 00:26

「美女と液体人間」の白川由美

 

1958年に公開された、大人向けの特撮映画。

とても、きっちりと撮影されている。

白川由美は、キャバレーのJAZZ歌手を演じる。

歌はマーサ三宅の吹き替え。

 

この映画の素晴らしいのは、以下のようなシーン。

 

 

神社と自転車と乗用車の調和。

 

 

未舗装道路にトラックとタクシー。

 

 

三輪トラックのある街角

 

 

子供用自転車とタクシー

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2011-01-26 20:26

家族の肖像

ルキノの旦那の映画の題名ではない

小津の「麦秋」の最終シーン近くの出てくる家族の記念写真のシーンである。

 

 

戦前の家は、皆、このようであった。

私の子供時代、その一部は残っていた。

 

でも、今は跡形も無い。

 

そして、民主党が残された核家族まで打ち砕こうとしている。

 

 

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2011-01-26 17:40

「麦秋」の妙に印象的なお茶漬けシーン

「麦秋」の終りに近いところに、紀子が一人でお茶漬けを食べるシーンがある。

 

家族の反対を押し切り、紀子が結婚を決めた後に出てくるのだが、妙に印象的なシーンである。

 

小津は、どうも「お茶漬け」にこだわりがあるようで、「お茶漬けの味」という映画もある。

 

しかし、お茶漬けを美しく食べるのは難しいと思う。

原節子の演技はさすがである。

 

 

 

 

 

 

 

 

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2011-01-25 23:33

「麦秋」  

p> 

 

 

「 麦秋」は、小津安二郎監督による1951年・松竹大船撮影所製作の日本映画。

英語題名は「Early Summer」

 

「麦秋」とは、麦の収穫期で季節的には初夏に当たる時期を指す。

 

小津の監督作品において、原節子が「紀子」という名の役を3作品にわたって演じた、いわゆる「紀子三部作」の2本目にあたる作品。

 

40歳で独身の常務より、貧乏な子連れ医者を選ぶ。なるほど。

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2010-08-14 18:53

「晩春」小津安二郎

 

1949年公開の小津安二郎監督の映画「晩春」は、小津が原節子と初めてコンビを組んだ作品でもある。

 

麦秋」(1951年)

「東京物語」(1953年)

で原節子が演じたヒロインはすべて「紀子」という名前であり、この3作品をまとめて「紀子三部作」と呼ばれる。

 

紀子のコンセプトは、昔ながらの感性を持つ日本の女性である。

晩春に出てくる紀子の友人達と比較しても。彼女は極めて保守的な考え方をする女性として描かれている。 

 

 

このラストシーンは寂しい限りである。

父は再婚すると嘘を付いて、娘を嫁に出した。

だから、家に帰っても誰も居ない。

それに、私は、こんなに林檎の皮を器用に剥けないのである。

 

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2010-08-08 13:30

小津安二郎「東京物語」を見る

今日は朝から小津安二郎監督の「東京物語」をDVDで見た。一度、通してみてからコメント入りでもう一度見た。

 

この映画は昭和28年の映画で、小津安二郎の最高傑作と評価されている。

この映画の背景となる生活は、私たちの世代は記憶があるが、その精神的な世界は、もはや、私たちですら忘れ去ろうとしているのではないかと反省する。

 

尾道で末の娘と暮らしている老夫婦が、東京にいる子供達の家を訪ねるが、皆、それぞれの生活優先で東京見学にも連れて行かない。

結局、戦争で死んだ次男の嫁(未亡人)が、会社を休みハトバス観光に付き添う。

長女は、老夫婦が邪魔になると、熱海温泉旅行をプレゼントし、熱海に追い出すが、そのホテルは夜中まで若者達が騒ぎ、老夫婦は眠れないで東京に逃げ帰る。

 

長女は「何で早く帰ってきたの」と老夫婦を叱り、今晩は出かけるので泊められないという。

宿無しになった老夫婦は、爺は友人を訪ねて痛飲。

婆は、次男の嫁のアパートに泊めてもらう。

 

その翌日、老夫婦は尾道に帰るが、途中で婆の調子が悪くなり、尾道に付くと倒れてしまう、東京に「母危篤」の電報を打つ。

子供達は駆けつけるが、母はそのまま臨終。葬式を済ませて子供達は東京に帰る。

葬儀の後まで残ったのは、次男の嫁だけ。

 

 その次男の嫁が東京に帰る最後のシーンをどうぞ。

 

  

 

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2010-03-19 10:34

喜びも悲しみも幾歳月 

 

テレビが普及する前は、映画が最重要な娯楽であった。

家族で映画を見に行く日は、父はいつも会社から早く帰ってきた。

会社から自宅までの距離は徒歩10分程度。

私は小学校に入学するまでの間、母の作った弁当を昼休みに会社まで届けた。

裏口で守衛さんに「父の弁当を持って来ました」と言うと、「ご苦労さんです」と父を呼んでくれた。

 

映画を見に行く日は、母も化粧に念を入れていたし、

子供等も、最も良い「外出着」を着た。

普段着と、外出着とは、完全に分かれていた。

 

映画館は街の繁華街にあった。

まず、家族で洋食レストランで食事をしてから、映画館に向かった。

 

「喜びも悲しみも幾歳月」は昭和30年の映画である。

妻と二人で、沖行く船の無事を祈り、灯台を守った灯台守の人生を描いている。

 

これも、家族で見た映画である。

 

主題歌は若山彰。張りのある声で実に印象的だ。

 

 

 

 

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2010-03-18 22:09

高原の駅よさようなら

 

昭和26年の映画。

こちらは小畑実の主題歌。

これは歌詞がええですわ。

香川京子がヒロインでんがな。

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2010-03-17 21:41

「上海帰りのリル」 香川京子

 

昭和26年の映画で、原作は松本清張である。

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2010-02-01 01:47

Shall We ダンス ?

Shall We ダンス ?

 

この映画の中で、とても参考になった数箇所。

 

「出ては駄目、引き寄せるの」

ダンスの最初に、女性に近づこうと知る主人公が叱られる。

前に出ては駄目なのは男である。

引き寄せねばならないのは女である。

 

ダンスは、男が女を引き寄せるところから始まる。

男が女に歩み寄ってはいけないのだ。

これは、常に男が女をリードする事を意味している。

そして、男は自分を犠牲にしても相手を守るものである。

守るためにもリードが必要なのだ。

 

「最初が一番大切」

「もっと大きく踏み出さないと、貴方が何をしたいか伝わらないわ」

「私は、どうすれば良いか、それでは分からない」

「そして、自分の体の右側を、相手にぴったり付ける」

 

遠慮しながら小さくしか踏み出せない主人公が叱られるシーン。しかし、この台詞はビジネスにも、そのまま使える。

 

そして、今の日本男子に欠けているのも、それである。

 「そして、自分の体の右側を、相手にぴったり付ける」

 

 

Shall We ダンス ?」は周防正行監督の1995年の映画である

この映画の撮影の後で、監督は主演の草刈民代と結婚した。

 

周防監督は大学の後輩である。

とはいえ、私が4年の時に彼は1年なので、殆どすれ違いであるが・・・・

「シコふんじゃった。」の主人公のモデルは私の同級生であり、

あの脚本は実話がかなり入っている。

彼は静かなる観察者にして、分析家でもあった。

数年前、ある会合であって、雑談した時の印象から、その思いを強くした。

 

 

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