2013-03-28 21:43

【宇都隆史】教科書検定、偏向教育と子どもの心について

スポンサーサイト
  1. 教育
  2. TB(0)
  3. CM(2)

2013-03-28 21:41

【木原稔】偏向教育、実教出版と交ぜ書きの問題

  1. 教育
  2. TB(0)
  3. CM(0)

2012-09-17 17:25

日本国籍無しでも担任となれる日本の公教育

  1. 教育
  2. TB(0)
  3. CM(0)

2011-08-12 12:17

日和幼稚園の事例

 

一番、大きな疑問はバスの運転手が無事に園に帰っているのに、園長は救助のための行動をとらなかったこと。

「頭の中が真っ白になってしまって何も考えられなくなったの」との返答。

これでも、非常時だから仕方が無い。

「文句を言う保護者がオカシイ」「親に違和感を感じる」「親の金目当ての行動」なのでしょうか?

 

http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1168585986

 

http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1058473590

 

 

  1. 教育
  2. TB(0)
  3. CM(12)

2008-11-01 17:58

洗脳前の日本人の意識

浜田靖一防衛相は31日夜、先の大戦を日本の侵略とする見方に疑問を示し、集団的自衛権行使容認を求める論文を公表した防衛省の田母神俊雄航空幕僚長の更迭を決めた。

政府は同夜の持ち回り閣議で31日付で田母神氏を航空監部付にした。

麻生内閣が先の大戦を「侵略」とした村山富市首相談話を踏襲する中、論文内容は政府見解に反すると判断した。

後任には永田久雄航空総隊司令官、織田邦男航空支援集団司令官、外園健一朗防衛省情報本部長らの名前が浮上している
-----------------------------------------------------------------

短いから直ぐに読めます。

田母神俊雄・航空幕僚長の論文。

読んでない方は。以下のサイトよりどうぞ。

 

www.apa.co.jp/book_report/index.html

 

 

私の感想は「これは私が小学校から高校までの間に、先生方から教わった世界観と基本的に同じだな」ということです。

敗戦という現実を受け止めながら、先生方が、次世代の子供達に伝えたかったことです。

 

左翼(日教組)による日本の教育への工作が行われる前の「戦後教育」とは、このような歴史観に基づくものであり、親達も子供達も先生方を尊敬しておりました。

すなわち、左翼による洗脳前の日本人の意識です。

 

左翼による教育への工作は、家永教科書裁判の過程で活発となりました。

裁判闘争の限界を感じた彼らが、教育、マスコミ、法曹界、政界に浸透して、工作を進めたからで、日教組が組織されてない学校には、執拗に工作者が送りこまれました。

共産党のスパイは10年近く組織に潜み、外部組織の支援を受けて勢力を伸ばし、最終的には組織を乗っ取ってしまいます。1960年以降から工作が始められ、1970年以降に浸透が達成されたと思います。

その後も着々と工作が進められ1993年に河野談話、1995年の村山談話に結実します。

 

新しく総理になる者は、この2つの談話を踏襲するのか否かをマスコミから必ず質問されます。

 

マスコミによる総理の取調べですね。

こうして日本は左翼マスコミによる「人形使い」が完成しているかのように見えます。

 

 

ハインライン「人形使い」

------------------------------------------------------------------------------- 

 家永教科書裁判は、高等学校日本史教科書「新日本史」(三省堂)の執筆者である家永三郎が教科用図書検定(教科書検定)に関して国を相手に起こした一連の裁判。

1965年提訴の第一次訴訟、1967年提訴の第二次訴訟、1984年提訴の第三次訴訟がある。

-------------------------------------------------------------------------------

 

  1. 教育
  2. TB(0)
  3. CM(0)

2008-02-17 20:43

我が家のゆとり教育

今年は下の子が高校3年生になる。
どうやら「ゆとり教育」が消える前に間に合ったようだ。
これは、我が家の子供たちにとって幸いであった。

今後、「ゆとり教育」が見直されると、
また、暗記中心、知識偏重教育が復活し、
言われた事しかやらない「指示待ち人間」が量産されるだろう。
企業の人事担当者は、頭を抱えることになる。

ゆとり教育の最大の良い点は、子供達が学校の先生に関わる時間が減り、自由に学習する時間が増えると言うことだ。

そもそも、学校の先生が、人間的にも優れ、分りやすい授業が出来て、子供たちを知的に、人間的に成長させることが可能であれば・・・「ゆとり」など必要なかったのである。

それが期待できないので、せめて土日は親が子供の個性に合わせた教育を行う・・・これが「ゆとり教育」である。

この話は、良く考えてみると先生を馬鹿にしている。
先生は立つ瀬がない。そこで、いつか必ず元の「詰め込み教育」に戻そうという動きがあるのは予測できた。

それに「総合的学習の時間」も、企画は素晴らしいが、これが出来る先生が少ない。自分でテーマを決めなくてはならないからだ。
詰め込み教育で育ち、問題意識も少なく、問題解決能力にも欠ける先生達には、そもそも企画は無理なのだ。
それで「総合的学習は時間の無駄」「学力が落ちる」・・・などの批判をして、こうした授業を潰そうとする。
これも予想できたのである。

もちろん優秀な先生も中にはいる。
授業が分りやすい・・・教え方の上手な先生は、子供の方が質問すれば、土曜に出ても教えてくれる。
総合的学習も素晴らしい授業をして、子供達に問題意識、調査能力、発表力が身に付いた例もある。
でも、それは偶然に良い先生に当たった場合だけである。

これに対して、親は子供の個性を理解して、ベストの教育プログラムを創造できる。

 「ゆとりには、地域社会と大人が土日は時間のゆとりを持って子供たちと過ごし、子供を鍛えてほしいという意味も込めていた」と有馬氏は言う。

当然である。これを実施しなければ、ゆとり教育など意味は無い。
学校の先生はモンスター・ペアレント等の言葉で「親は異常者の集団」とイメージ付けして、もとの知識偏重教育に戻したいのだと思う。
彼らの出来る授業は、子供に知識を強制的に詰め込むだけであり、それ以上は出来ない。ガリベン君の成れの果てだから。

これに対して、多くの親は自由な読書や体験学習を通して「生きる力」を育てたいと思っている。
我が家の子供、子供の友人、その親を見る限り、けっこう努力したと思う。

これは地域の力もあるが、ゆとり教育の世代の子供は読書の習慣が付いている。
土曜日に家族で図書館に出かけたのが良かったと思うが、
読書の楽しさを知ると、子供は集中するので、実に大量の本を読む。
図書館の子供向けの本は全て読んでしまい、小学校の上級からは古本屋まわり。
月1回は読んだ本をダンボールに詰めて売りに行っていた。
これができるのも土日が休みだからである。
そして中学、高校は受験する前の学校訪問では、まず図書館の本をチエックしていた。

子供に聞くと、友達も良く本を読むという。
本も読み、スポーツもやり、受験勉強もやる。
本を読み、調べて、発表する力が付くと、受験勉強も何とかなる。
考えるよりも、覚える方が簡単だからである。

これはガリベンの成れの果ての教師には理解しがたいだろう。
受験勉強という詰め込みを始める前は、クラスでもビリに近く、
始めたら3ケ月で急上昇し、トップグループに入った。
「とても進学は無理」と言っていた先生は沈黙してしまった。
「ゆとり」世代は、けっこう逞しいのである。

  1. 教育
  2. TB(0)
  3. CM(2)

2008-01-21 17:00

ガソリン価格の話

先日、業界の先輩と話をした。

「サラリーマンの平均給料が2万円の時代に、ガソリンはリッター100円を越えていた。それでもクルマに乗れれば、それで嬉しかったな。毎日、ワックス掛けて、室内も磨き上げていた。
今は、遥かに給料が良くなったのに、まだガソリンはリッター100円台だ。恵まれていると思うよ」

ガソリンの価格が高かったので、日本では燃費の良い自動車が求められた。
そこで、小型・高性能・低燃費の日本車が開発された。
米国のガソリンがぶ飲み車は、日本市場では売れなかった。
キャデラックもリンカーン・コンチネンタルもサンダーバードも、お呼びでなかった。

第一次石油ショックの後に、米国でも低燃費の車が求められた。
燃費規制も始まった。
そこで、日本車が米国市場で売れ始めた。

日本のガソリンの価格が安ければ、日本にはもっと米国車が輸入されていたかも知れない。
フォードもGMも、戦争前は日本工場を持っていたのだから。
日本の完成車の関税は早くから撤廃されゼロであった。
米国は長く商用車に30%の関税を掛けていた。
これはドイツとの冷凍チキン戦争の報復関税であるが、ドイツ以外の国にも適用された。

日本のガソリン価格は1980年代は150円を越えていたと思う。
その後、規制緩和が実施され、ガソリン価格はどんどん安くなった。
それまでは規制で雁字搦めであり、石油元売が新たな精製施設を作るにも許可が必要だった。輸入ガソリンも駄目だった。
規制緩和でガソリン価格は100円を切るまで行った。
そのため全国に6万軒あったガソリンスタンドは4万軒強まで減少した。ガソリン価格がダウンして採算割れしたからだ。

そして、現在の原油高によるガソリン値上げである。

原油価格は第二次石油ショックの最大ピークで1バレル34ドルである。
第一次石油ショックはスーパーマーケットからトイレットペーパーが無くなる(売り切れ)程の大パニック。
第二次の時は大就職難となり、大学を出たけれど就職が決まらない時代であった。

現在の原油価格は1バレル90ドル台なので、その3倍以上である。それでもガソリン代は2倍にもなっていない。
昔の石油ショック時の価格と同様の水準に戻った。
でも、ラーメンは当時、一杯290円程度だったと思う。
今は600円から高いのは800円である。

「今、地方のショッピングセンターには駐輪場が出来て、それがどんどん広くなっているのです。
どうしてもクルマでないと駄目な、大きな物を買うときはクルマ。
ちょっと今晩の惣菜を買うのは自転車。そのように、目的に合わせて車を使うようになった。
これはガソリン価格が上昇したためですが、それは良いことだと私には見えるのです。昔はそうでしたから」

日本でも、1990年頃はパジェロ、ビックホーン、サファリ、ランクルなどの重量級のRV車が流行した。
日本にはカンガルーが居ないのに、ステンレス製のカンガルーバーを装着したクルマだ。
当時は、サファリでショッピングセンターに買い物に行く人もいたが、今は軽自動車かコンパクトカーである。

当時、日本で流行した重量級のランドクルーザー等は、
アラブのお金持ちに大人気で、10年前に購入した車両でも100万円前後で売れる。
古いランクルを中古車として海外に売り、その販売価格で、燃費の良いコンパクトカーが購入できる。
これは日本の消費者の成熟である。

原油価格が高留まりすれば、あらゆる脱石油の技術開発が加速する。それは新しい企業を生み、経済が活性化する。
レアメタルが高騰しているので、レアメタルを使わないでも同じ効果を発揮する新技術の開発に火がついたように。
ガソリン価格の上昇は、新世代自動車の開発を加速させる。
逆に、ガソリン価格が人為的に下げられると、すべての開発スケジュールは白紙に戻るだろう。

高すぎるのは困るが、適度な価格は社会的にも有用である。

高速道路の料金も、日本は確かに高すぎると思うし、是正も必要だ。
でも、米国のように全てフリーウェイ(無料)にしてしまえば、鉄道は壊滅するだろう。
かつて大陸横断鉄道を敷いた鉄道王国の米国に、
もう、長距離鉄道がほとんど残っていないように。

南米ベネズエラのガソリン価格は1リットル5円だそうだ。
まさに水より安いが、石油が出る以外に何も無いこの国は、せめてガソリンぐらいは安くしようという政策だと言う。

しかし、この政策からは省エネ技術は生まれる訳がないのであ
る。

以下のサイトに昭和のガソリン価格と乗用車保有台数が掲載されています。

http://shouwashi.com/transition-gasoline.html





渋谷駅界隈の歩道

  1. 教育
  2. TB(0)
  3. CM(3)

2007-12-03 00:10

美人教育

美人とは「美しい容貌の女性」と辞書にある。
昔は男性も美人と呼ばれたそうで、女性だけの話ではないようだ。

凛として美しい。
男も女も、そうでありたいもの。

私の周囲に、一人、凛として美しい女性がいる。
先日、色々とお話して、納得するものがあったので、忘れないようにメモしておく。

美しい人は、やはり「美」を常に意識しているということ。
また、そういう家庭教育を受けたということだ。

まず、第一に姿勢。
背骨がすっと伸びて、それが自然体になっている。
このようになったのは、子供の時に、親が姿勢について厳しく指導したからだという。
「そら、背骨が曲がってる」とか「体を傾けて本を読んでいると怒られた」という。
背骨が曲がっていたり、左右のどちらかに体が傾いていると、
それが体の負担になり、血液もリンパもスムーズに流れない。
姿勢は美と健康にために最重要な要素である。

確かに、昔の親は姿勢に厳しかった。
でも、彼女の年齢(おそらく30代)でも、そのような昔風の親が居たのだ。

二番目に笑い方。
「笑うと顔がクシャクシャにならないよう、鏡を見て美しく笑う練習をさせられた」という。
柔和で、親しげであるながら、品の良い笑い・・・これは練習の賜であった。

三番目は歯並び。
それほど歯並びが悪いわけではなかったが、就職してから自分の給料で矯正したという。
最初の見積もりでは100万円程度だったが、最終的には200万円かかった。
「なぜ、そんな事にお金を使うの?と聞かれたけど、それは私の価値観なの」。

欧米では、子供のうちに歯並びは矯正する。
大人になって歯並びが悪いと「親は何をしていた」と言われる。
日本では、そういう事はないので、各人が価値観に従って行動すれば良い。

美人は一日にして成らず。

  1. 教育
  2. TB(0)
  3. CM(0)

2007-06-28 11:12

田舎の運動会(その3)

反省会が終了して懇親会へ。
都会なら居酒屋か割烹あたりに移動するのだけれど、あいにく、その種の店は存在しないので体育館を使うことに。
座っていると、次から次へと人が回って来て酒を注いで、話をして、去っていく。
やがて、先生達も参入。さっそく担任の先生と一献。
教育論を語り合う。
「ここは軽く飲まないと後が持たないですよ」と担任の先生に忠告される。
「この後はどうなるの」
「それぞれの集落に戻り、そこで朝まで宴会です。これからが本番ですよ」

広大な田園の中に、いくつかの集落が散在している。
この集落の中には、人の集まる大きな屋敷がある。
午後9時頃から、ここに移動して宴会が始まった。
またもや膨大な手作り料理が出る。
夜を徹して食べて、飲んで、話して、明け方には宴会場で寝てしまうのであった。
運動会は、間違いなく最大級のイベントであった。

  1. 教育
  2. TB(0)
  3. CM(5)

2007-06-26 02:05

田舎の運動会(その2)

運動会の後片付けが終了した後は、午後7時からPTAの反省会があるという。
その後は懇親会も用意されているので「出席するように」と言われる。
妻は時々出席して、飲んで陽気に騒ぐらしいが、私は始めてである。

「今日は、初めての方が居るので自己紹介から初めましょう」と言うことになる。
この自己紹介が、一人一人特徴があり、味があって実に良い。

この土地に生まれ、この土地に育ち、この土地で結婚して、子供を育てている人もいる。
しかし、若い頃、都会に出て、都会で結婚してから、ある年齢に達して故郷に戻って来る人も多い。

「ここには何と多くの色があるのでしょうか。
都会には存在しない、多くの色がある。
その色には名前が無い、多数の中間色の集合であり、目にとても優しい。世界は、こんなに多くの色に溢れていたのかと、今さらながら驚いている」

帰郷した誰かが、このような話をした。
感想をそのまま話しているだけではあるが、確かに、田園は多くの中間色に溢れている。

自己紹介の後は反省会である。
PTAは子供の入学、卒業によりメンバーが替わる。
さらに、様々なイベントは年1回なので、去年の事は殆ど忘れてしまう。

そこで、全ての手順を文書化したマニュアルを作成して、これを毎年、見直して改定する方法が取られているのである。反省会とは、マニュアルの見直し作業である。
朝、何時から、何人で作業を始めると、時間通りにテントが張り終わるのか・・・から始まり、最後まで必要な作業はマニュアル化されている。
また、注意事項、想定されるトラブル、心構え等も文書化されることで、作業者に的確に伝わるのである。

こうして反省会が終了すると、いよいよ懇親会に入る。(続く)

  1. 教育
  2. TB(0)
  3. CM(2)

2007-06-23 14:32

田舎の運動会(その1)

都会では小学校の運動会は、生徒と父兄と先生ぐらいしか知らないのだが、田舎では地域最大級のイベントである。
子供を山村留学に出したお陰で、田舎の運動会の素晴らしさを知ることが出来た。

運動会の朝、まず父兄。特に父親がやらねばならないことは、テント張りである。
前日まで校庭は使っているわけだから、早朝に張るしかない。
夜が明けて、空が明るくなったら作業開始である。
リーダーと思われる人のところに行って指示を仰ぐ。
作業員の数が多いので、こりゃあ直ぐ終わる・・・早く帰って一眠りしたい・・と思ったら甘かった。
都会では本部と招待席程度程度しかテントが無い。
ところが観客席も全てテントを張るのである。
何故なのか?
その時は分からなかったが、観客が入ってわかった。お祖父さん、お祖母さん、叔母さん、叔父さんを含めて親類縁者一同が集まるので、平均年齢が極めて高い。炎天下で、お祖父さん、お祖母さんが見学するわけには行かない。そこで観客席にもテントは必要なのである。

「おいおい、このテント誰が片付けるのだ?」
と思いながら作業を続ける。

テントを張り終わったら終わりではない。
今度は生徒達が入場門、退場門の設置や放送資材の搬入などを始めるのだが、これをサポートしなければならない。
自主性に任せながら必要なサポートをする。

そうしている内に人がどんどん集まってくる。
車で来る人、歩いてくる人、村中の人が集まって来るんじゃないか・・・と思われる程の人の数である。

観客席のテントの前に集落の名前を書いた立札が設置されており、これに従いスムースに収まっていく。
私は、子供を里親に預けた家が所属する集落のテントに入るように言われる。

運動会は大いに盛上がったが、それより私が驚いたのは観客席のテントの中のご馳走である。
この日のために用意されたご馳走が所狭しと並べられている。
特に美味しいのは野菜の煮物、漬物を中心にした手作りのご馳走。この地方独特の郷土料理というのも多々あった。全て家庭料理である。
(この地区には小さなスーパーが一軒あるだけなので、料理は自分で作るしかない)
テントの中では「食べなさい」「食べなさい」と、ご近所様から次々にご馳走が出てくる。
まるで竜宮城で歓待を受けた浦島太郎のようである。

運動会が終わった。
テントは、やはり張った人が撤収するのであった。
運動会の片付けは、特に子供達は疲れているので大人のサポートがさらに重要になる。
テント撤収の後、関連機材の撤収を手伝う。

で、これで終わり。
朝も早かったので、早く帰って寝よう・・・と思ったが甘かった(続く)。

  1. 教育
  2. TB(0)
  3. CM(3)

2007-06-19 13:56

問題解決能力の無い教師達・・コリャ駄目だわ

今、社会で最も必要な能力は問題解決能力である。
社会は、善意に満ちて、賢明で、控えめな人間だけで存在しているわけではない。

声の大きい人間の意見が通り勝ちなのである。
これは、今も昔もそうだった。
-----------------------------------------------------------------
「なぜうちの子が集合写真の真ん中ではないのか」
「子供がけがをして学校を休む間、けがをさせた子も休ませろ」
「子供から取り上げた携帯電話代を日割りで払え」など、要求内容はあきれるばかりだ。
-------------------------------------------------------
この程度に呆れていては旅行会社の添乗員はできない。
ファミリーレストランの店長も務まらない。

この程度の要求は、不当要求の範囲にも入らないレベルの、対処しやすい問題だ。
冷静に筋を通して話せば、解決可能な初級レベルの問題ではないか。

本当の不当要求は、これより遥かに解決が難しい。

この程度のことも解決できずに弁護士を雇うとは、
学校の先生は、全く問題解決能力に欠ける人間の集団であることをしめしている。
こんな、軟弱というより、ひ弱な連中に、教えられる子供達は哀れである。

新聞社が、こうした不当要求を知らぬはずがない。
新聞社も数々の不当要求を受けているはずだからだ。

なぜ、このような記事を書くのか?
文部科学省の要求ではないか」と疑ってしまう。
---------------------------------------------------------

学校給食費を払わないばかりか、子供が通う保育園の保育料を払わない親も増え、自治体が法的措置を講じて督促するなど対応に苦慮している。
支払い能力があるのに払わない親が増えているのだという。ここでも、自己中心的で規範意識のない親、学校を軽くみる親の姿が浮かび上がる。
--------------------------------------------------

この書き方は、客観的な記述と言えるのか?
明らかに学校側の立場に立って書いている。

給食費未納の問題も、
・一般企業の未回収売掛金に比べ、羨ましい程に少ない。
・支払い易くする方法を採用するなどの努力不足。
・安全性に問題のある集金袋を未だに利用している学校がある。

等の視点は全くなく、一方的に親が自己中心的だと言い立てる。
自己中心は学校の方かも知れないではないか。
学校は特別扱いしろというのは、中華思想を思わせる我侭だ。

新聞社の社説を書いている人は、官庁との記者懇親会に招かれ、ネタを仕入れる・・・と以前、週刊誌のトップ屋から聞いたことがある。
その時は「そんな筈がない。それならいくらでも官庁が誘導できるじゃないか。貴方達が招かれないから僻んで言っているのだろう」と、強く抗議しておきましたが・・・。

  1. 教育
  2. TB(0)
  3. CM(14)

2007-06-17 20:48

不当要求

学校に対する保護者の理不尽な要求が問題となるなか、
仕事に関するトラブルで訴えられた場合に弁護士費用などを補償する「訴訟費用保険」に加入する教職員が急増している。
東京ではすでに公立校の教職員の3分の1を超す2万1800人が加入した。いつ保護者に訴訟を起こされるか分からないとおびえる教師たちの姿が浮かぶ。
---------------------------------------------------

この手の記事にネタ元は、いつも教師である。
給食費の未納の時も、
レアケースの中のレアケースを、殆どの親がそうであるかのように偽装し
「最近の親は非道い。それに比べて教師は努力している。苦労している」と訴える。

「僕達悪くないもん。被害者だもん」と言いたいわけだ。
それに、軽々とマスコミも載せられる。
特に産経はこの手の話題が大好きである。

レアケースであるが、顧客の不当要求の問題は、どの会社でも、どの商店でも日常の問題であり、国の機関だって被害を受けている。
国の検査機関だって、脅されるのだ。
だから「不当要求対応マニュアル」を作成して、訓練までしている。
・毅然とした態度で
・冷静に
・一人で対応せずに集団で対応する
・記録を必ず残す

まして、民間企業ならさらに大変だ。
不当要求への対処がミーティングの議題にならない、幸福な企業があるのだろうか?
警察は民事不介入だから助けてくれない。
現場で強い意志を持って、気迫で対応するしかないのが実情である。
でも先生達は「僕達は聖職者だもん。えらいんだもん。親の不当要求なんて、許さないもん」と思っているのだろう。

それにしても訴訟費用保険の料金は月700円。
吉野家の牛丼の並2杯分よりやすい。
それで、実際に都内で同保険が適用され、
弁護士費用などが支払われたケースは過去7年間で約50件。この内容に対する分析は無い。

酷い親が増えて教師は困っているの。僕たち悪くないもん。
それだけを伝える記事にしてくれないと困るもん。
----------------------------------------------------------
なお「不当要求」で検索してみれば、如何に多くの人たちが、その対応に努力している事が分かるだろう。

http://search.yahoo.co.jp/search?p=%E4%B8%8D%E5%BD%93%E8%A6%81%E6%B1%82&ei=UTF-8&fr=top_v2&x=wrt


  1. 教育
  2. TB(0)
  3. CM(0)

2007-04-07 11:30

何を優先すべきか?

親が育てられない新生児を匿名で受け入れる「赤ちゃんポスト」は、
慈恵病院ドイツでの実績などを参考に設置を計画し、昨年12月、熊本市に設置を申請した。
これまで国内に先例はなく、
厚生労働省は「許可しない合理的理由はない」と事実上容認したことから、市は5日に設置を許可した。
これに対し、
安倍晋三首相は同日、「お父さん、お母さんが匿名で赤ちゃんを置き去りにしていくということは許されないのではないかと思う」と強い懸念を表明していた。
------------------------------------------------------
お父さん、お母さんが匿名で赤ちゃんを置き去りにしていくということは許されないのは当然だ。
これは犯罪である。

ただし、「赤ちゃんポスト」は
懸念する必要は無いと思う。
これは、江戸時代にあった「駆け込み寺」と同じで、
止むを得ない場合の緊急措置である。
「駆け込み寺」が出来たから、全ての女性が駆け込むわけがない。
赤ちゃんポスト」が出来たから、全ての親が子供を捨てに来るとは考えられない。

懸念を表明した・・・というのは、
「親は子供を育てたく無いのが本音。子供の虐待も多いではないか。このようなポストが出来たら、皆、子供を捨てに来るだろう。それが心配だ」・・・そのようにしか聞こえない。
この認識はニヒリズムそのものだ。

この記事だと、発言の後に「懸念を表明した」とあるが、これは記者が感じたことなのか、本当に首相が懸念を表明したのか? 真意が読めない。

親は子供を何よりも大切に思っている。
自分の命に代えても守ろうとするものだ。
・・・という基本認識は現在でも間違っていない。
圧倒的多数の親は、そう考えている。

そういう親が、自分の子供を捨てるのである。
それは罪である。本人が罪と感じている場合も罪。感じてない場合も罪である。
その罪は重いが、子供を殺す罪よりは、まだ軽い。

江戸、明治、大正、昭和初期と、
何らかの事情で子供を育てられない親が、
お寺の門前等に置手紙をして子供を捨てた。
今は、そうした貧しい時代でないのだから、捨て子は許されない・・・と言うのだろうか?
確かに生活は豊かになったが、心は貧しくなっている

堕胎は子供を殺す罪である。
パチンコに熱中して、子供を車の中に閉じ込めて殺すのも同様だ。

仏教では、堕胎、あるいは死産の場合、水子供養をする。
それは、人間は「仏になる修行のために、この世に生まれてくる」という考え方が基本にあり、
金銭欲、性欲、食欲など様々な煩悩に揉まれながら、
徐々に霊性を成長させて、最後は成仏するのである。
ところが水子には、こうした成長のチャンスが無い。
チャンスを奪われた水子の霊は、成仏する事ができず地上をさ迷うしかない。
輪廻転生が出来ずに、動物霊と同じように地上にとどまる。

鎌倉の長谷寺。ここには、供養された水子地蔵が大量に安置されている。その数は驚く程、膨大だ。
しかし、その地蔵様を良く見ると、それぞれに掛けられた前垂れは、新しい。
親が定期的に付け替えに来るのである。
そして、3月にはひな祭り、5月になれば鯉幟が飾られる。

多くの親達が死んでしまったわが子の成仏を祈り、
何度も何度も足を運んでいるのが分かる。

親が子を捨てるのは余程の事情である。
捨てられないなら、殺すしかないというギリギリの時に、その受け皿があってもおかしくない。
赤ちゃんの命を救う。
これをなによりも優先されるべきである。

  1. 教育
  2. TB(0)
  3. CM(2)

2007-03-26 00:59

日本人と英語

日本人は中学から英語を習い、殆どの人が大学まで進学する現在では中学3年、高校3年、大学4年の10年間は英語の勉強をする。
しかし、10年間勉強しているのに、英語が使えない・・・
と言うことになっているが、これは嘘。

イザとなれば使えます。
魔法の力で、そのあたりを歩いている日本人を
米国のど真ん中にワープさせれば、
ちゃんと英語を使い、日本まで無事に帰ってくるでしょう。
日本人が英語を使わないのは、ただ、使いたくないだけです。
外人と話すのがお嫌い・・・という趣味の問題です。

米国に行けば英語の使えない人は沢山おります。
レストランに入り、最初にテーブルの上を拭きに来る人は、英語が話せません。話しかけても返事もしません。ただ、黙々とテーブルを拭き、去っていきます。
沈黙の男が去ると、ウエイターが登場します。彼は英語が話せます。料理の説明も出来ます。
英語が話せる分だけ、テーブル拭きより給料が高いのです。

日本人は、このテーブル拭きの水準ではない。
メニューも読めるし、注文も出来る。
その程度の事は日本の学校で学習しています。
これは英語が使えるということです。

私のように米国の中小零細企業ばかりを回っている人間は、仕事で白人に合うということは殆どありません。ヒスパニッシュか黒人か、アジア系ばかりです。
ヒスパニッシュの多くはメキシコ国境から不法に入国し、米国の労働規制である最低賃金以下で働きながら、カリフォルニアあたりの移民局の前に行列して、
いつしか米国人になった人達です。
昔、ロスの旧日本人街にあるホテルの窓から、
移民局に並ぶ人達の行列が見えました。

ヒスパニッシュは、英語は得意ではないようです。
かって旅先で車がエンコして、
街道沿いの自動車修理工場に入ったら、
ヒスパニッシュ系と思われる経営者は、ニコニコするだけで、何を話しても返事をしてくれない。
そこで、已む無くジェスチャーで故障を伝えました。
彼は、車を点検して部品屋に電話を掛けて、パーツを取り寄せて直してくれました。
この部品屋の配達員もヒスパニッシュで、親父と親しげにスペイン語で話してました。

米国は多民族国家であり、同じ言葉を話す人が集まって住んでいるので、英語が話せなくても日常生活になんの問題ないのです。
事実、ヒスパニッシュの居住地区にある店舗に行けば、商品のパッケージに書いてある説明も、スペイン語だけです。
パッケージに英語、スペイン語、中国語、韓国語などで説明を入れると、字が小さくなるし、印刷代も高くなるでしょう。インクも使うし・・・・。
そこで、企業もスペイン語地区に販売する商品は、スペイン語の説明だけにするのです。
同様に韓国人は韓国人だけで住んでいます。
新大久保の韓国人街と同じ雰囲気です。
イタリア人はイタリア人だけで住み、
アイルランド人もアイルランド人で集団を作り住んでいます。
彼らと友人になるとアイリッシュバーに連れて行ってくれます。
その店では皆でアイルランド民謡を歌いながら踊っています。

日本人は、日本人街を作るほどには米国に居住していません。
人数は圧倒的に少なく、他の民族のように群れないのです。それに、戦前からの日系人は、あまり日本人が好きでないような気がします。
「あの店のオーナーは日系人」と聞いて訪問しても、口も聞いてもらえなかった経験があります。

日本人同士でもう少し助け合えたらなあと思います。
日本人が群れるのは、団体旅行だけのようです。

  1. 教育
  2. TB(0)
  3. CM(5)

2007-02-20 00:31

給食費の徴収方法と未納の関係

今日は子供達2人がカステラを持って来たので、
紅茶を入れて美味しく頂く。
そこで、どうも気になっていた給食費の問題を聞いてみる。
「お父さんは、給食費を払った記憶がないのだけど、
あんた達、持っていったか?」
「持っていかないよ」
「給食費を入れる袋などあったっけ」
「そんなの無いよ。給食費は口座からの自動引き落としだったでしょ」
「学校の費用は全て引き落としだったので、特に給食費を払ったという意識が無いなあ」
「普通引き落としでしょ」
「そうじゃない所もあるみたいだよ」

以下のグラフは、文部省の調査結果。



児童が先生に手渡ししている学校が14%ある。
口座引き落としは71%だ。



それで、未納生徒数は全体の1%である。
児童が先生に手渡しとか、PTAが徴収とかの比率が多い中で、1%は微々たるもの。
むしろ関係者がそうとう努力した結果だと思う。

まあ、私の場合は給食費を払った記憶がないが、
自動的に引き落とされていたことが分かり安心した。

  1. 教育
  2. TB(0)
  3. CM(3)

2007-01-26 08:23

給食費未納問題に思うこと

調査によると、学校給食を出している国公立私立の小中学校3万1921校のうち約43%の学校で未納が発生。

43%といえば多いねえ。

未納総額は全体の0.5%にあたる22億2963万円だった。

0.5%か・・当社の売掛金回収率と比べて少ないねえ。
7%ぐらいの未回収をどうやって3%内に収めるか・・・という段階だからねえ。

16年度以前や18年度にも未納があることから、実際の未納額はこの数倍に膨れあがるとみられる。
未納の児童・生徒数は、全体の1%にあたる9万8993人。

生徒数と未納金額の割合が合わない。地域による単価が違うということか。
未納金総額を未納者数で割ると、1人2万2523円となる。月間1876円だ。

ところで、我が家でも小学校入学時から暫くたつと、
学校の出した父兄向けの「お知らせ」が、うまく届かない時期があった。
その中には「臨時集金のお知らせ」も含まれていて、
先生に迷惑を掛けたことがあった。
なぜ、お知らせが届かなくなったか・・・
これは妻がパートで働くようになったのが契機。
子供が学校から帰ると、そこに母親がいる。
すると「学校から、お母さんに渡してって」と直ぐにランドセルからお知らせを出す。

ところが母親が居ないと・・・そのまま忘れて遊びに出かけてしまう。

そこで、解決策は、
1)「学校からのお知らせ」を入れる箱を作り、
遊びに出かける前に箱に入れさせる。
2)それでも忘れる事があるので、時々、学校に様子伺いに行くついでに、それとなく聞く。

この2つを実行した。

ただし、給食費は臨時ではなく定期的な集金なので、
郵便局からの引き落としになっており、未納はありえない。何故だ???
未納が多い学校は、未だに集金袋などを使用してるのではない?
それでは、主婦の殆どがパートで働いて現在では、集金率を上げられないと思うし、子供に現金を持たせて学校に届けるのは危なくないか?

と思って各社の記事を読むと・・・「父母らが学校で子どもたちの集金袋を直接集める方式に変えてみた」とか出ている・・・。ほえええ、まだ集金袋の学校があるのだ。

結論として、
1)給食費の未納率のわずか0.5%は、一般企業の売掛金回収と比べても優秀な数字。NHKの視聴料の回収率と比べても、はるかに優秀。事故、倒産、クレームなどの要因で未回収は必ず出るものであり0.5%は誤差の範囲。
2)集金方法が、未だに現金の受け渡しというリスクの多い方法をとっているのに、これに対する批判はしない。集金方法と回収率の相関関係への分析も無い。
3)それなのに「親の無責任」を必要以上に強調して、マスコミは「日本人は無責任な人間が増えている」とアピールしようとしている。
これは日本人に自信を喪失させるイメージダウン戦略によるものである。

なお、パートの主婦が増えたので、子供とのコミュニケーションが失われている訳ではない。
パートの主婦は外で働くため、社会性を身に付け、PTA等の活動には積極的なのである。

  1. 教育
  2. TB(0)
  3. CM(0)

2007-01-22 03:00

ゆとりのある教育でなきゃ駄目なのよ

米長邦雄氏の「ゆとりある教育をなくすな」は、
問題の本質を突いていると思う。

「学力が低下している」と危機感を煽る
大学の先生達の現実感に無さには呆れて果てるばかりである。
本当に学力低下しているのか、また、それを何をもって測定しているのか不明だが、
もし、学力が低下しているとしたら、ゆとり教育のせいではなく、学級崩壊のせいである。

私の子供の小学校時代の記憶では、1学年に3クラスあれば、2クラス学級崩壊していた。
学級崩壊したクラスの方が多いのだ。
幸い、我が家の子供のクラスの担任は
ベテランの人情味あふれる素晴らしい先生で、
学級崩壊はなかった。
この先生は、父兄とのコミュニケーションも大切にしていたので、親たちも学校に話に行ったし、居酒屋で懇親会もやった。
ところが、あとの2クラスは崩壊していた。

学級崩壊というのは生徒が先生の言うことを聞かないのである。そのため授業が成立しないのだ。
授業中に子供が勝手に話したり、教室を自由に歩き回っているのである。
先生に、それを止める力が無く、授業が出来ないわけだから、九九も覚えられないのは当然。
学力が落ちたのは、教科書が薄くなったからではなく、授業時間が減ったからでもなく、総合的学習の時間があるからでもない。

我が家の子供は2年間は、良い先生に受け持ってもらったが、その後は、若い先生が担任になり、同じメンバーのクラスなのに学級は崩壊した。
私は家庭教育の問題と考えていたが、それだけではなかった。やはり先生の実力、人間力である。
学級が崩壊したら、授業は進まない。
子供は「学校が楽しくない」と言い始めた時に、私の仕事の都合で転校となった。

転校先では素晴らしい先生に恵まれた。
子供は再びやる気になっただけでなく、読書の楽しみを教わった。
良い先生に出会えば、昔の子供と同じように本を読み、考えるようになる。
子供は学校図書館の本は殆ど読破し、古本屋を巡るようになった。
本が読めるのも「ゆとりのある教育」だからである。
----------------------------------------------
勉強する時間を増やして、
知識をつめこみさえすれば「学力」は向上すると思うのはあまりにも単純すぎる。
その程度で向上した「学力」は、すぐに役に立たなくなる。
だから、体験的な学習を通して「生きる力」を身につけさせようとしたのではなかったのか。
「ゆとりある教育」は崇高な精神に基づいて採り入れられたものであることを忘れては困る。

米長邦雄 「ゆとりある」教育をなくすな
--------------------------------------------------------
そのとおりなのだと思う。詰め込み教育を復活しても学力は上がないし、役に立つ人間が育つとは思えない。
必要なのは、人の話を聞く態度。
共に学ぶと言う謙虚な態度。
クラスというチームが機能するよう協力する態度。
他人への思いやり等であり、
そうした環境なら、自然に学力は向上するのである。
「ゆとりある教育」は、そのための条件と思う。

総合的学習の時間も、素晴らしいコンセプトだと思う。
私達が子供の頃は「郷土の時間」があり、学校を出て郷土の歴史、地理、産業を調べて回った。
学校の先生だけが教師ではない。地域の古老、伝統芸能を伝えている人達、地域の産業を育成するため努力している企業の人達から学ぶことで、知識の幅が広がる。もちろん、郷土のことを知ることで、郷土への愛情が育つ。それが国を愛する気持ちに繋がるのは当然の事である。

総合的な学習も、同じような趣旨である。
これを否定するのは、受験勉強一辺倒の人達だけ。
受験に役に立たない事は学ぶ必要が無いという人は、総合的学習を排斥する。

しかし、自分で疑問を持ち、問題意識を育て、
自ら調査して、学んだ事をまとめ上げ、
それを、分かりやすい言葉で他人に伝える能力を育てる総合的学習の時間は「指示待ち人間」ばかりを大量生産してきた日本の教育を変革できるものである。
この反対者は、子供達が問題意識を持つことを嫌う人達としか思えないのである。

  1. 教育
  2. TB(0)
  3. CM(4)

2006-11-01 00:26

ゆとり教育でなきゃ駄目なのよ

大学の教授たちは、「ゆとり教育」が嫌いなようですね。
教授というのも先生ですから、
先生の仕事が減るのは反対なのでしょうかね。

ゆとり教育、大いに結構。
とっても教えるのが下手で、人格的にも尊敬できない
学校の先生の授業を受けねばならない時間を減らせるから。
空いた時間で、自分の好きな勉強が出来るでしょ。
あの一日で読める薄い教科書も素晴らしい。
試験の前に2・3回読めば、良い点とるのは簡単。
普段は別の勉強が出来るでしょ。

もちろん、教師が優秀なら話は別。
それなら、しっかり教えて欲しいが、
今の先生達の実力をアップさせるのは一朝一夕には無理。
百年河清を待つうちに、枯渇してきた黄河のように期待できない。
それなら、ゆとり教育の方がましなのです。

塾の先生は、学校の先生よりは教え方が上手い。スキルがある。
我が家の子は、数学だけは塾に行ってますが、
学校の先生の授業の説明では判らず、
放課後に、その先生に聞きに行って説明してもらっても判らなかったのを、
塾の先生に説明してもらったら、良く判った・・と言ってました。
それから数学が好きになったとのこと。
成績も、ビリの近かったのが、
塾に行ったら数ヶ月でトップグループに入りました。
その差は、子供の努力じゃなくて、
先生の「教える技術」の差なのです。

今の先生達の状況では、子供の教育は親がやらないと駄目だと思います。
社会の先生は、教科書を使わずに、授業の度に自分でプリントを配り、それで授業しています。
さらに、テストも、そのプリントから出すので、極めて不評。
こんな、自分の思い込みだけで授業している先生には、
できるだけ、子供と接する機会を減らしたいと思います。
だから、ゆとり教育でないと駄目なんです。
---------------------------------------------
親がやるべきこと。

1、読書の習慣を付ける
幼児の時の絵本の読み聞かせが重要。
イメージが広がり、読書習慣のベースが作られる。
両親も読書する習慣があれば、子供はまねして本を読むようになる。土曜・日曜は一緒に図書館に行きましょう。
親子、別々に好きな本を読んで帰る。
帰り道で、読んだ本の感想を聞くことで、子供の表現力が増す。

2、「集中力を付ける
スポーツ、音楽、習字など精神の統一、集中が必要な習い事をさせる。「だらだら」の原因となるテレビは、親が見ないと、子供も見なくなる。

3、視野を広げる刺激となる話をする
社会人であるお父さんと子供との対話は、とても有効。
反日教師のイデオロギー注入、刷り込みから子供を守るため、
お父さんは、常に子供と話をしよう。

  1. 教育
  2. TB(0)
  3. CM(5)

2006-10-28 14:46

生徒が知らない訳がない

我が家には高校生が2人いるので、さっそく事情聴取を行う。
<上の子>
・入学時に学校から必修科目の説明があり、世界史は必修なので、ちゃんとやりました。プリントも配られたし、学校にHPに必修科目、選択必修科目の表が出てるよ。
・世界史が必修だよと、2年の時に、お父さんに話したら、「なんで日本史じゃないのか?」と怒ってたでしょう。忘れたの???
・東京都の場合、まだ教育委員会が全校を調べたわけじゃないので、今後、調査すれば、もっと出ると思う。
・別の学校に行った友達で、世界史を履修してない子がいて、動揺してたよ。
・進学校いく子は、最初から受験に有利な学校を選んでおり、どこの学校が、インチキやってるか知って入学してるはず。
・そういう情報は、いくらでも流れている。先生も悪いが、生徒が知らないはずは無い。塾の先生は、良く知ってるから。
・バレナイと思って安心してたのがバレタだけの話。
<下の子>
・自分でカリキュラムを組む総合学科なので、当然、必修科目は理解している。
・1年のうちは必修科目をやって、2年、3年で選択科目をやる。1年で全部の必修科目は終わらないが、3年になれば80%が選択科目になる。なにを選択しようかと考えている。
---------------------------------------------
我が家の子供達には関係ない話であった。

しかし、今回の問題が明らかになったのは教育改革の第一歩である。国の決めた必須科目を、学校が独自の判断で勝手に変えていてもお咎めなしでは、公教育を行う意味が無い。
教育委員会がチエック機能として、何の役にも立たない事が明確になった。

英国の教育改革では国がカリキュラムを決め、
教育省から独立した女王直属の学校審査機関をつくり、
5000人以上の審査官を全国に派遣、固定カリキュラムどおりに教育が行われているかを徹底的にチェックしたそうだ。

従来のやり方では、教育の荒廃は救えない。
国の関与が緩いため、国民の税金で反日教育をやられたら、たまらない。
教育に対して日本国(=国民)の意図を貫徹させるべきである。

  1. 教育
  2. TB(0)
  3. CM(4)