2017-09-24 19:46

お墓が草ぼうぼうの巻

秋分の日は、彼岸法要である。
お盆には実に多くの檀家衆が集まったが、秋の彼岸はその半分程度である。
玄関で受付して帰ってしまう人も多く、本堂にあがり、一緒にお経を唱えたのは100人程度となる。

その前には、お墓参りを済ませておくものだが、なんと、我が家のお墓は草ぼうぼうであった。
茫々というべきか?

今まで祖母の葬儀、父の葬儀の後も茫々にはならなかったので、油断していた。
なぜに茫々なのか?
7月のお盆の時に、少し草が生えていたので、処理したのであるが、その時に異変は感じていた。

結論から言うと、納骨式の時に、石屋の頼んで、墓を開ける。
納骨してから墓を閉じるのだが、その後に、墓石の裏側に法名と命日を彫るのであるが、
この一連の作業で、お墓に敷き詰めてあった砂利が大分、散逸したようなのだ。
かなり減っていた。そのため夏草が伸びて茫々となったのだ。

今までお願いしていた石屋は、継ぐ人がいなくて廃業。
その結果、遠方の石屋を見つけて依頼したが、相当、多忙らしく、連絡がとりにくくて不安はあったのだが。

しかし、石屋を継ぐ人が少ないのは、わからないでもない。
この際、しっかり草取りして、自分で玉砂利を購入して撒くことにした。





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  1. 瘋癲老人日記
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2017-09-19 09:37

武力攻撃対処に関する平素の備え

3連休は町会の避難マニュアルを作成していた。
仕事が詰まっており、それどころでは無いのであるが、
もう、3年前から他の地区は、とっくに作ったぞ。お前ら遅れているぞ・・・と言われながらも、
さらに多忙じゃ多忙じゃと放置して、
いよいよミサイルが飛んできて、検討せざるを得なくなったという次第。
区の国民保護計画は平成19年頃から町会に来るようになり、その分厚さに当初は驚き
「ホントに邪魔なんですけど」と思いながら、その表題ゆえに「捨てるわけにもいかず」・・放置。
合わせて首都直下型地震の資料も分厚いが、何とか読了した。
今からレジュメをつくる。

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  1. 大震災と復興
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2017-09-13 03:01

神酒所

東京は今、秋祭りの季節である。
わが町内の祭礼は終了した。
祭りの前日に商店街に神輿安置所と神酒所を設置する。
当然、昼間は商売していますので、午後6時から始めて、9時ぐらいに終わり、その後はちょっと一杯。
人数を集めて仕事を分担して一気にやらないと終わらない。
神輿安置所は紅白の幕を設置してから、神輿を蔵から出して組み立てる。

実はそれから2週間前に、もう祭りは動き始めている。
まずは先立つものを集めないと始まらないのである。
祭りが始まると神酒所が奉納の場所となるが、その前に奉納受付所を設置する。

東北大震災後の2011年頃から祭りの参加者と見学者は増えているが、
奉納受付所にいち早く「先立つもの」を届ける人達が、高齢化により激減しているのである。
奉納金掲示板の「空白」がどんどん拡大しつつあるのが、悲しくも危機的な状況である。



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2017-07-15 23:35

苧殻

東京では今の季節になると八百屋にも苧殻が出ていたものである。
苧殻とは皮をはぎ取った麻の茎である。盂蘭盆の迎え火・送り火には苧殻を炊く。

我が家も昭和5年建設の襤褸屋に住んでいた頃にはやっていた。
門があって、アプローチの通路(石がポンポンと置いてある)があり、そこを歩いて玄関に着くという日本家屋であれば、迎え火も送り火も絵になるが、
建て替えてからは、玄関が公道に直結しており、とても玄関先=公道で火を炊く雰囲気ではなく、やめてしまった。
土地の価格が上がり、とても庭など造れないからである。
それでも2000年頃は、まだ八百屋で苧殻を売っていた。古い日本家屋も残っていたのであろう。

本日は午前中よりお墓の掃除と草取り。
午後からは、お墓参りで終わった。

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2017-07-09 23:09

新盆

盂蘭盆会は7月15日を中心に7月13日から16日の4日間に行われる仏教行事。
海の日で連休なので、お墓の掃除&草取り&参拝ができる。
既に、菩提寺のお施餓鬼は先週、終わっている。
菩提寺のお施餓鬼の様子はかつて紹介した。

http://yuyuu2013.blog.fc2.com/blog-entry-1347.html


今年は我が家は新盆である。
去年のお施餓鬼がおわってから、檀家の中で1年間に亡くなった方の俗名と法名が呼ばれるわけだが、
やはり、思った通り、昨年の死者は、ぽつりぽつりと少ない。
まったく誰も死なない月もあった。
ところが、今年の1月から実に多い。
1月、2月、3月と多く、4月以降もそれなりに多い。
何故なのか?それは分らない。
が・・やがて分るであろう。

私が定期的に訪問している町内の高齢者も2人亡くなった。
体調が悪化して、介護のレベルを上げる必要があると医者の言われて対応し、実現したのであるが、
それから1ヶ月程度で逝ってしまった。

私は、こういう事に係わる前は、老人は長生きするもの。
体調が崩れても「調子が悪い」と言いながら長生きするとの認識であった。
確かに、そういう人も居ない訳ではないが・・・実に稀である。

施設に入らなければならない程の状態なら、1年以上、そこに居るというのは奇跡に近いのです。
施設で長生きする人は、特別な理由のある人の場合が多い。
そして、在宅介護のディサービスであっても、どんどんメンバーが変わる。
「あの方はどうしたの?」と、決して聞いてはいけないことなのです。

東京の高齢者問題は、大正生まれの時代が終わり、昭和一桁の時代が始まる。
そのあと、昭和10年代へと移ります。
団塊世代はまだピンピンしてますので当分の間は何も無いでしょう。
2030年からぼちぼち始まります。
オリンピックが終わっても、あと10年は大丈夫ということです。

それまでは町の中に、子供の領分が拡大することでしょう。


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2017-06-18 10:35

新盆まで

四十九日が終わる。
香典返しも終わる。
墓石の後ろに法名を彫るのだが、石屋が人手不足の上に、死者が多くて、えらく遅くなったが終了した。
葬儀屋と石屋は継ぐ人が居ないらしい。
次は盆である。
東京の盆は7月であり、菩提寺の施餓鬼法要は7月6日である。

無くなった母は、子供の頃の思い出話で、
「自分の祖母がなくなった時に、四十九日の間に霊の訪問を受けた」と言っていた。
あの世に行く前に、挨拶に来るのだと言う。

それで、今回は自分があの世に行く番なので、挨拶に来るかな?と期待していたのであるが、
・・・やはり来ました。
四十九日の前半に1回、後半に1回、計2回です。
上の方から声がして、何を言っているのかは分らないが、声がえらく若くなっている。
2回目の挨拶は、さらに若くなっていた。
これだと盆までには幼女になるのではと思ってしまう。

あどけない「新盆」の話である。

http://yuyuu2013.blog.fc2.com/blog-entry-1927.html



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2017-05-26 09:33

死者の葬列

今年の3月の東京の火葬場事情が凄まじいことになっているのは知っていた。
3月の中旬に友人の妻が亡くなった。
看病に疲れ果てた彼を襲ったのは、死者が多くて「火葬場の釜が空かない」という事実。
今まで、友人・知人の訃報を見ると、死去から通夜までが1週間が当たりまえであったが、
まあ、そんなものだと思っていた。
ところが、死者の葬列が焼き場の竈の前で行列を作り、自分の番を待っていたとは知りませんでした。
そのため腐食が進まないようドライアイスで冷やして、1週間待っていたのであるが、
今年の3月は1週間ではなく10日間まで延びた。
何故、3月なのか?
何故、今年の3月はさらに多かったのか?
それは、考えても仕方のないことであるが・・・。
実は49日の法要と納骨式に前に、その凄まじさが分った。
49日の法要は、お世話になった人達を尋ねて地上を巡回していた「霊」が、
現世に別れを告げ、修行を積んで「仏」になる重要な法要である。
この時に通夜の時に使った白木の位牌を、黒塗りの位牌に交換する。
ところが近所の仏具店に依頼した位牌がなかなか届かない。
聞いてみると、注文が殺到して、納品が遅れ気味。
でも「必ず間に合わせますので安心せよ」とのこと。

今年の3月に多くの老人が東京を去った。
マスコミは「多死社会」などと分析しているが、老人は死ぬものである。
そして、今、旅立っているのは大正時代生まれの人達で、これから昭和一桁に移行する。
一方で、子供達は増えている。
ですから待機児童問題が発生するのである。

先日、区役所の担当者と話したら、以前は「人口の逆ピラミッド」「多死社会」「日本は滅ぶ」と騒がれていたが、
今は、もう区内は「逆ピラミッド」では無いとのことで、グラフを見せてもらった。
確かに団塊世代の人口が一番多いという状態ではなく、団塊ジュニアのさらに下の30代.40代の部分が分厚くなっていた。
これは、東京都内だけの話で、地方は人口が急速に減少しているのか?
どうも、そうでは無いようである。
地方は人口が少なく、人手不足は深刻であるが、都会からのUターンも多くて、子供達は増えている。
それは地方研修で、地方のPTAと懇談していて感じる話である。







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2017-05-05 00:28

Old Maid

本日、都内の街路には人が少ない。
明日の夜にはかなりの人が帰ってくるであろう。
仕事が終わらないうちにGWが終わってしまうではないかと焦る。

でも、今日はグループ・ホームにボランティアで皿洗いに行く当番の日であった。
「食器を洗うのは一瞬の休息の時である」とは金井美恵子の小説の中にあった言葉である。
皿洗いは心が休まる。
ボランティアが終わった後、自宅に帰り、そのまま寝てしまった。久々に爆睡した。

皿洗いの前には、爺婆と「ババ抜き」をやった。
ゲームは楽しい。
人は年を取り過ぎると、偏屈になったりするので、あちこちで言い争いになる。
「ババ入っているのではないか?」
「無いわよ」
「教えないね」
「愚図ね。早く引きなさいよ」
「今、引くわよ。そんなに強く言わないでもいいじゃない」
・・・・と、こんな感じである。
それでも、ババは廻る。7人ぐらいでプレイして、終わるまでにババが2周半した。

ババ抜きのルーツはOld Maidというカード・ゲームである。
年取ったメイドではなく、結婚しないまま年を取った女性という意味。
近年、日本で増えている「行かず後家」である。
結婚してペアになる。
ペアにならないで、残るカード。それがババである。

このオールド・メイドをトランプゲームでやる時に、最初はクイーン1枚を抜いておく。
2枚のクイーンはペアになるが、1枚は相手が居ないのでババとなる。
その後、ジョーカーをババにするように変わったが、これで「行かず後家」はなくなった・・でも邪道じゃない?
最初に裏返しにしたカードを1枚を抜いておくジジ抜きというのもある。
これは、最後までジジがわからないので、ややこしい。


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2017-05-03 21:05

痩せる

おそらく30代の後半から、太り続けておりました。
太る度に背広を新調しており、着れなくなった背広は「いつかダイエットしてやる。捨ててたまるか」と、
取っておいたのですが、50代を過ぎて諦めて大量に捨てました。
それ以降も、太ることはあっても、痩せることはありませんでした。

ところが・・・。

協同組合の総会に出席した時に「痩せましたね」と言われ驚きました。
久々に合う人達だから、いくらか痩せたのだろうと思ってました。

ところが、月に一度の某協議会に出席したら・・・・
「ええ、どうなさったんですか?」
「ほえ?」
「痩せましたね」
「ええ???」
「恋やつれですか?」
「そうでんねん」

どうも4月中に痩せたらしい。

日本のビジネスマンにとって一番、忙しい3月の後半に、仕事が出来なかったのを、
4月に入って大車輪でこなしたのが原因と思われる。

ゴールデン・ウイークに、もうひと頑張りすれば、いつもの忙しさに戻るであろう。
眠いけど、体調は極めて良い。


・・・というわけで、このブログは4月は殆ど更新できませんでしたが、そろそろ再稼動居たします。



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2017-04-13 06:03

町会長会議

新年度初の地区の町会長会議に出席した。
町会とは地方自治法でいう、地縁団体の中心であり、地方自治の原単位である。
地区にある地縁自治体の長が集まり、地域の行政担当者と会議を開く。
ここで出て来た議題を、それぞれの自治体に持ち帰り、寄合で話し合い、結論を出す。
その結論を、次の町会長会議で発表し、それにより行政の方向が決まる。
これが大宝律令から続く日本の伝統的な民主主義である。

戦前の寄合の様子は、前に紹介した、以下の通り。

村で取り決めを行なう場合には、みんなの納得のいくまで何日でも話し合う。
はじめに一同があつまって区長からの話を聞くと、
それぞれの地域組でいろいろに話し合って区長のところへその結論を持っていく。
もし折り合いがつかねば自分のグループへ戻ってはなしあう。
用事のあるものは家へ帰ることもある。
ただ区長・総代はきき役・まとめ役としてそこにいなければならない。
とにかくこうして二日も協議がつづけられている。
----------------------------------------------------
宮本常一著 「忘れられた日本人」より

ここで言う区長とは町会長である。
それぞれの地域組みというのは都会では「班」であり、村であれば集落である。

これは戦後の民主主義とは明らかに違う。
しかし、まだ僅かではあるが生き残っている。
これを何とか目に見えるようにしていきたいと思う。
まずは今年度は「寄合」の基本となる3役会議を復活させ、情報を発信していくつもりだ。



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